あなたが毎日買うチョコレートで、アマゾンの森が1本ずつ増えています。
アグロフォレストリーとは、英語の「Agriculture(農業)」と「Forestry(林業)」を合成してできた言葉で、日本語では「混農林業」や「農林複合経営」とも訳されます。1970年代中頃に生まれた比較的新しい概念ですが、その本質はとてもシンプルです。
簡単に言うと、「同じ一枚の土地で、樹木と農作物と家畜を一緒に育てる農法」のことです。
普通の農業では、木を全部切り倒して畑を作りますよね。アグロフォレストリーは真逆のアプローチで、木を残したまま、あるいは新たに植えながら、その木の間に農作物を育てていきます。まるで森の中に食べ物が実っているような状態を人工的に作り出す、というイメージが近いでしょう。
「食べられる森」という言葉がぴったりですね。
この農法では、樹木・食用作物・飼料用植物(牧草地)という3つの要素が組み合わさっており、それぞれの組み合わせによって以下の3つのシステムに分類されます。
| システム名 | 内容 |
|---|---|
| 🌾 農林複合システム | 樹木と農作物を同じ土地で同時に生産する |
| 🐄 林畜複合システム | 樹木と飼料作物を組み合わせ、林間で家畜を放牧する |
| 🌿 農林畜複合システム | 樹木・農作物・家畜の3つすべてを組み合わせて経営する |
つまり農業・林業・畜産業が「一枚の土地」で同時に成立するのが最大の特徴です。一般の農業が「農地か、森か」という二択で考えるのに対し、アグロフォレストリーは「農地も、森も」という発想で動いています。
これが基本です。
参考として、アグロフォレストリーの概念と歴史については、国際農林業研究センター(JIRCAS)の公式ページに詳しい情報があります。
国際農林業研究センター(JIRCAS)公式サイト|アグロフォレストリー研究の国際的権威機関
従来の農業(単一栽培・慣行農業)と比べたとき、アグロフォレストリーはどんな点が違うのでしょうか?ここを理解すると、なぜ世界中で注目されているのかがクリアになります。
まず大きな違いは「土地の使い方」です。慣行農業では、農地から木を全部伐採してから耕作を始めます。一方アグロフォレストリーでは、木を伐採するどころか積極的に植えます。木の根が土壌の水分をキープし、落ち葉が肥料になり、日陰が繊細な農作物を守るという「森の仕組み」をそのまま農業に利用するわけです。
もう一つの大きな違いは「収穫サイクル」です。
これは家計に例えると、短期の定期預金・中期の積立・長期の不動産投資を同時に持っているようなイメージです。一つの作物が不作でも、他の収入源があるため経営が安定します。これは使えそうです。
デメリットも正直に押さえておきましょう。多品種を管理する知識が必要なため、始めるハードルはやや高めです。また木が育つまでの初期段階では、農業機械を入れにくい場面もあります。長期的な視点に立てる人に向いている農法だということを覚えておけばOKです。
| 比較項目 | 慣行農業(単一栽培) | アグロフォレストリー |
|---|---|---|
| 🌲 森との関係 | 伐採して農地を確保 | 木を残し、増やしながら農業 |
| 🌱 栽培種類 | 1〜数種類に集中 | 数十種類を同時に栽培 |
| 💧 土壌への影響 | 化学肥料・農薬が必要になりやすい | 植物同士の共生で自然に肥沃になる |
| 📅 収入サイクル | 短期集中型(収穫期のみ) | 短・中・長期の収入が重なる |
| 🚜 機械化 | しやすい | 木があるため難しい場合がある |
参考として、agromy.jpに農法比較の詳細情報があります。
マイナビ農業|アグロフォレストリーって?他の農法との違い・メリット・デメリットなど紹介
「理屈はわかったけど、本当に効果があるの?」と思う方もいるでしょう。ここでは、世界で最も有名なアグロフォレストリーの成功事例を紹介します。ブラジル北部のアマゾン地域にある「トメアス(Tomé-Açu)」という町の話です。
トメアスはかつて、日系移民が切り開いた農業地帯でした。最初はコショウ栽培で栄えましたが、無計画な森林伐採と単一栽培を続けた結果、土地がやせ果て荒廃してしまいます。
そこでトメアス総合農業協同組合が取り組んだのが、アグロフォレストリーへの転換でした。1年目はキャッサバや豆類、コショウを植えながら、木材や防風林のための苗木も同時に植えていきます。5年後にはフルーツが実り、10年後には複数の収穫が重なる豊かな「食べられる森」が完成しました。
結果はどうだったでしょうか。
アグロフォレストリーを実践したトメアスの農家は、同じ地域でアグロフォレストリーを導入しなかった農家や牧場主と比べて、収入がなんと40倍になったと報告されています。東京ドーム(4.7ヘクタール)5個分ほどの土地規模で、地域全体に約70種類の作物を育てるこの農場は、現在「湿潤熱帯における永続的農業モデル」として世界から視察が絶えません。
すごい数字ですね。
現在のトメアスでは、アサイー・カカオ豆・コショウ・パッションフルーツ・パームヤシ・マホガニー・ゴムなど、70種類以上の作物を混植しています。そのカカオを使って作られているのが、明治の「アグロフォレストリーミルクチョコレート」です。スーパーで手に入るこのチョコレートを購入するだけで、アマゾンの森林再生を間接的に支援できる仕組みになっています。
明治ホールディングス公式サイト|森林減少停止への取り組みとアグロフォレストリー支援の詳細
「環境問題は大切だとはわかっているけど、自分の日常とどう関係するのかピンとこない」という方は多いと思います。そこで、少し身近な数字から入ってみましょう。
現在、地球では1秒間にテニスコート12面分もの森林が失われています(三井物産の調査より)。別の表現をすれば、1分間に東京ドーム約2.4個分の森が消えていく計算です。この森林消失の主な原因の一つが、農地拡大のための伐採です。
深刻な数字ですね。
森が減ると何が起きるのでしょうか。木は光合成によってCO2を吸収する役割を担っています。若い成長中の樹木は特にCO2吸収力が高く、アグロフォレストリーで樹木を植え続けることは、地球温暖化の抑制に直接つながります。さらに、木の根が土の中の水分を保持するため、土砂崩れや土壌侵食といった自然災害リスクも下がります。
これはSDGs(持続可能な開発目標)の複数の目標に直結しています。
また、アグロフォレストリーにはコンパニオンプランツ(共栄作物)の考え方も活用されています。たとえばトウモロコシと枝豆を一緒に植えると、枝豆の根粒菌が土の中に窒素を固定し、窒素肥料を使わなくても作物が育ちます。窒素肥料の製造には約500℃の高温が必要で大量のエネルギーを消費しますが、それをマメ科植物が常温でやってのける、というわけです。化学肥料に頼らない農業は、CO2排出の削減にもなります。
つまり、食卓の選択が環境に直結するということですね。
アグロフォレストリーというと「遠い外国の話」に感じるかもしれません。ところが実は、日本人にとってとても馴染みのある考え方と根本的に同じです。そのキーワードは「里山」です。
里山とは、集落の近くにある山林・田畑・ため池・草原などが入り混じった地帯のことで、日本の農村に古くから存在してきた土地利用のスタイルです。木材・薪・山菜・キノコ・果樹・農作物・水・家畜の餌など、一つの里山から多種多様な恵みを引き出しながら生活してきた文化は、アグロフォレストリーの考え方とほぼ重なります。
日本は理にかなっていたのですね。
日本の里山は1950年代以降の高度経済成長で急速に失われ、現在ではその多くが荒廃しています。しかし近年、この里山的な土地利用をアグロフォレストリーという現代的な農業科学の枠組みで再評価し、実践する動きが出てきています。徳島県の上勝町では、荒れた林の隙間で葉わさびを栽培し、生産者の所得向上や移住者誘致につなげる試みが進んでいます。
また、日本の国土面積に占める農用地の割合はわずか12%しかありません。農業従事者も2019年(平成31年)時点でわずか168万人まで減少しています。このような状況では、新たな農地を開拓するよりも、既存の森林と農地を組み合わせて活用するアグロフォレストリーの発想が、日本の食農業の未来にとってとても有効な選択肢となりえます。
ここで一つ知っておきたいのが「フードフォレスト(Food Forest)」という言葉です。アグロフォレストリーに似た概念で、その地域の自然環境を活かして「食べられる森」を作る取り組みです。宮城県仙台市では、荒廃林をフードフォレストとして再生するクラウドファンディングプロジェクトが進行中で(東京ドーム約5個分の規模)、日本でも着実に広がっています。
身近なところから知ることが大切です。
アグロフォレストリーや里山・フードフォレストに関心が出てきたら、日本各地の農林複合経営の事例をまとめたJIRCAS(国際農林水産業研究センター)の資料を見てみるとさらに理解が深まります。
JIRCAS(国際農林水産業研究センター)|日本と世界のアグロフォレストリー研究事例が掲載
また、里山保全と持続可能な農業の接点に関する学術的な考察については、総合地球環境学研究所の資料が参考になります。
総合地球環境学研究所|アグロエコロジーから見た持続可能な食料生産と景観保全(PDF)