フィコンパ(ペランパネル)の攻撃性副作用は、「増量時にだけ注意すれば良い」と思っていると、患者の重大なサインを見逃すリスクがあります。
フィコンパ(一般名:ペランパネル水和物)は、AMPA型グルタミン酸受容体に選択的かつ非競合的に作用する、国内唯一の作用機序を持つ抗てんかん薬です。2016年より日本で処方が開始されており、他の抗てんかん薬では抑制できなかった難治性てんかんの部分発作や強直間代発作に対する新たな選択肢として活用されています。
しかしその有効性の一方で、精神神経系の副作用が臨床上の大きな課題となっています。添付文書(2024年2月改訂 第5版)に明記された「攻撃性等の精神症状」の重大な副作用として、次のものが挙げられています。
これらは「重大な副作用」に分類されており、見逃すと自傷他害リスクにつながります。重要なのです。
ここで医療従事者が意識しておきたいのが、「攻撃性」という単語が示す行動の幅の広さです。暴力のような明らかな行動だけでなく、「いつもよりイライラしやすい」「些細なことで声を荒らげる」「家族への敵意が増した」といった変化も、フィコンパによる精神症状として捉える必要があります。患者本人は変化に気づかない場合も多く、家族からの情報収集が鑑別の糸口になります。
なお、これらの精神症状発現時には、症状の程度に応じて減量または投与中止などの対処を行うことが添付文書で定められています。薬剤師・看護師・医師が連携して定期的なモニタリングを行う体制が必要です。
参考:エーザイ株式会社 フィコンパ医療関係者向けFAQ(易刺激性・攻撃性・敵意への対処法)
https://faq-medical.eisai.jp/faq/show/900
フィコンパによる攻撃性・精神症状には、明確な用量依存性があることが臨床試験データから示されています。つまり、増量のたびに攻撃性副作用のリスクが段階的に上昇するということです。これは処方設計や患者モニタリングのタイミングを考える上で非常に重要な情報です。
用量依存性の観点から、フィコンパとよく比較されるレベチラセタム(イーケプラ)との違いが際立ちます。レベチラセタムによる精神症状は少量でも発現しうることが知られていますが、フィコンパ(ペランパネル)の攻撃性やイライラは用量依存性であり、少量投与では比較的リスクが低く、高用量に増量した後に出現しやすい傾向があります。
具体的な増量スケジュールを確認しましょう。成人・12歳以上の小児では、1日1回2mgの就寝前投与から開始し、1週間以上の間隔をあけて2mgずつ漸増します。非インデューサー併用時の維持用量は8mg/日、インデューサー(カルバマゼピン・フェニトイン等)併用時は最大12mg/日です。用量が上がるほど副作用リスクも高まるため、増量のたびに精神症状の有無を丁寧に確認することが必要です。
また、フィコンパの半減期は約105時間と非常に長く、定常状態に達するまで約3週間かかります。この薬物動態的特徴から、増量後の精神症状は「増量直後」だけでなく、数週間後に遅れて顕在化する場合もあります。増量して1週間後に異常がなかったからといって安心せず、継続的な経過観察が基本です。
知的障害や精神疾患・パーソナリティ障害・多動性障害を合併している患者では、精神症状発現リスクが有意に高いことを示す研究もあります。知的障害を合併した難治性てんかん26名の患者を対象とした研究では、半数が落ち着きのなさ・怒り・攻撃性などの精神症状を発症し、そのうち精神症状を理由とした研究中止が必要となったケースも報告されています。リスク因子が揃っている患者では、増量ペースをさらに緩やかに設定することが望ましいです。
参考:抗てんかん薬・抗発作薬に伴う攻撃性・イライラへの対応(ひだまりこころクリニック)
https://nagoya-meieki-hidamarikokoro.jp/blog/asm/
フィコンパの攻撃性副作用は、成人と小児で発現傾向が異なります。これは見落とされがちな重要な事実です。
エーザイ社の適正使用ガイドおよびPMDAの資料によれば、小児(18歳未満)では成人と比較して攻撃性関連事象の発現が高い傾向があることが、複数の国際臨床試験の併合データから確認されています。特に4歳以上12歳未満を対象とした第III相試験(311試験)では、他の試験と比較して敵意・攻撃性関連事象の発現率が高い傾向が示されており、小児への投与には特別な注意が求められます。
小児でなぜ攻撃性が出やすいかについては、完全には解明されていませんが、脳の発達段階における前頭前野(衝動制御・感情調節の中枢)の成熟度が未完成であることが、薬剤の影響を受けやすい一因と考えられています。成人では情動を制御する高次神経回路が成熟しているのに対し、小児では感情抑制の「ブレーキ」が弱い分、AMPA受容体を介した影響が行動面に表れやすいという視点もあります。
小児への処方においては特に次の点を意識することが重要です。
攻撃性は小児では特に注意が必要です。また小児に見られる「突然暴れる」「学校でのトラブルが増えた」などの行動変化を、てんかんそのものの影響や性格・環境的要因と混同しないことが診療上の要点の一つです。フィコンパの開始・増量時期と行動変化の時系列を正確に記録しておくことが、鑑別を容易にします。
医療従事者が見落としやすい観点として、フィコンパの精神症状は「併用薬剤の有無によって発現リスクが大きく変わる」という事実があります。
臨床試験において、カルバマゼピン(テグレトール)やフェニトイン(アレビアチン)などの「インデューサー(フィコンパの代謝を促進する抗てんかん薬)」を併用していない患者では、併用している患者に比べて、易刺激性・攻撃性・敵意等の精神症状の発現が高まる傾向が確認されています。
なぜこのような現象が起きるのでしょうか。カルバマゼピンやフェニトインはCYP3A4を強力に誘導する作用を持ちます。フィコンパ(ペランパネル)もCYP3A4およびCYP3A5で代謝されるため、インデューサーとの併用によってフィコンパの血中濃度が低下します。つまり、インデューサーが「意図せず」フィコンパの血中濃度を下げ、精神症状副作用リスクを相対的に抑制していることになります。
逆に、インデューサーを使わない単剤療法や、ラモトリギン・バルプロ酸などインデューサーでない薬剤との組み合わせでは、フィコンパの血中濃度が高くなりやすく、精神症状が発現しやすくなります。これは非常に重要です。
この観点は用量設定にも関わります。インデューサー非併用時の維持用量は1日1回最大8mg、インデューサー併用時は最大12mgと異なる設定になっており、同じ8mgでも「インデューサーと一緒に使っているかどうか」によって体内での曝露量が大きく異なります。処方内容が変更されたタイミング(例:他薬を変更・追加・中止した場合)には、フィコンパの実質的な血中濃度が変動している可能性を念頭に置くことが必要です。
患者の精神症状が「いつものと様子が違う」と感じた際に、直近の処方変更履歴を確認することが診療の重要な一ステップとなります。薬剤師との連携を通じてフィコンパの血中濃度モニタリング(治療参考域:50〜400 ng/mL)を適宜活用することも選択肢の一つです。
参考:抗てんかん薬フィコンパ錠(ペランパネル)の攻撃性に関する解説
https://www.ygken.com/2016/05/blog-post_14.html
通常用量の副作用としての攻撃性に加えて、医療従事者が頭の片隅に置いておくべき事象が、フィコンパの過量投与(中毒)時に見られる激烈な攻撃性精神症状です。
2025年に日本中毒研究の査読誌(中毒研究 38巻)に掲載された症例報告(有本ら、大阪府立中河内救命救急センター)では、20歳代の女性がフィコンパ2mg錠を推定60錠(計120mg)と缶酎ハイ2杯を服用し、救急搬送された症例が報告されています。来院時の血中濃度は参考域(50〜400ng/mL)を大幅に超える2,055 ng/mLに達しており、患者は叫び声を上げながら四肢を激しく動かし、自傷他害リスクの高い不穏状態が5日間にわたって持続しました。
この症例で特に注目されるのは、「血中濃度が低下しない状態でも精神症状が改善した」という経過です。通常、薬剤性の精神症状は血中濃度の低下とともに改善することが期待されますが、この症例では血中濃度が依然として高値を示しながらも入院6日目に攻撃性が消失しました。報告では、その原因としてAMPA型グルタミン酸受容体の減少または薬剤との親和性の低下(耐性様現象)が寄与した可能性が示唆されています。
この事実は実臨床においても重要な示唆を含んでいます。「血中濃度が高いから改善しない」「血中濃度が下がるまで待つしかない」という思い込みは必ずしも正しくありません。また、通常用量での使用においても、フィコンパの半減期が約105時間と極めて長い(定常状態到達まで約3週間)ことを考えると、精神症状が遅れて出現したり、長く持続したりする可能性を把握しておく必要があります。
重大な過量服薬が疑われる場合には、活性炭投与・排泄促進を行いながら鎮静薬(ベンゾジアゼピン系やハロペリドールなど)を用いた対症療法を検討することとなります。対症療法が基本です。フルニトラゼパムとハロペリドールの組み合わせで鎮静が図られた本症例のように、呼吸・循環動態を安定させながら経過観察を続けることが治療の中心となります。
参考:著しい攻撃性精神症状を呈したペランパネル水和物(フィコンパ)中毒の1症例(中毒研究 2025年)
実際の臨床現場では、フィコンパによる攻撃性副作用を正確に鑑別することが難しい場面が少なくありません。「この患者の攻撃性はフィコンパのせいか、それとも疾患の背景か、環境要因か」という問いに向き合うことが日常診療の一コマです。
鑑別の難しさは、てんかん患者の約3人に1人が何らかの精神症状を合併しているという背景からも生じます。発作との時間的関係にも注意が必要で、発作の数分〜3日前にイライラや気分の変調が出現するケースもあります。また、発作後精神病や強制正常化・交代性精神病として出現する精神症状も、フィコンパ導入後に出現した場合は薬剤性と誤認されることがあります。
フィコンパとレベチラセタム(イーケプラ)は攻撃性副作用で比較されることの多い2剤ですが、その質的な違いを理解しておくことは処方選択にも役立ちます。144名の患者を対象とした比較研究では、両薬で有意差があったのは「敵意(hostility)」の項目であり、フィコンパは外向きで目に見えやすい攻撃性が強い傾向があるとされています。一方レベチラセタムは、より主観的・内向きで、副作用による攻撃性とは把握されないこともあると報告されています。
この違いは、家族や介護者からの情報収集においても応用できます。フィコンパ服用中の患者で「最近暴言が増えた」「物を投げる」といった外向きの行動変化が報告された場合、まず薬剤性攻撃性を優先的に疑う判断が適切です。
対処法は、症状の程度に応じた段階的対応が原則となります。軽度であれば増量の停止・現用量の維持と経過観察、より顕著であれば減量、重篤な場合は投与中止という流れになります。減量・中止が必要な局面では、代替薬としてラモトリギン・バルプロ酸・ラコサミドなどが候補として検討されます。攻撃性等の精神症状が重篤で迅速な対応が必要な場合には、発作誘発リスクの低い抗精神病薬(クロルプロマジン・クロザピンを除く標準的な第2世代抗精神病薬)の短期的な併用を検討することもあります。
日常の診療業務の中で、フィコンパの開始・増量・中止の記録を治療サマリーや入退院サマリーに明記しておく習慣を持つことが、チーム医療における情報伝達ミスを防ぐ実践的な対策です。電子カルテにアラート設定を入れておくと見逃し防止につながります。これは使えそうです。
参考:PMDA フィコンパ適正使用ガイド(敵意・攻撃性の有害事象発現状況と対策)
https://www.pmda.go.jp/RMP/www/170033/ff184915-3273-410a-939e-b2aefc33c0c4/170033_1139014F1022_01_006RMPm.pdf