ニトロールスプレーに乗り換えたのに、実はそちらも供給不安に陥っていた——今まさに、そのリスクを知らずに処方し続けている施設が全国に存在します。
ニトロールスプレー1.25mg(製造販売元:エーザイ株式会社)は、硝酸イソソルビドを主成分とする狭心症発作寛解用の口腔内スプレー剤です。長年にわたって医療現場で使用されてきた製品ですが、2025年以降、供給状況が大きく変化しています。
エーザイは2025年12月15日付で「ニトロール 一部限定出荷のご案内」を発出しました。これはスプレー製剤に限った話ではなく、ニトロール注5mgなどの注射剤群でも同様の供給制限が確認されており、ニトロール製品ライン全体で供給能力の逼迫が生じている状態です。
また、同じエーザイが製造販売するニトロールRカプセル20mgについては、2024年3月12日の告知を経て2024年8月1日に正式に販売中止が実施されています。医薬品供給状況データベース(DSJP)でもこの事実は明確に記録されています。これは周知の事実です。
つまり現状は「販売中止」と「限定出荷」が混在しているということですね。ニトロールスプレーは現時点では完全販売中止ではないものの、安定した調達が保証されない状態が続いています。施設の薬事委員会や薬剤部では、「ニトロールスプレーは入手可能」という前提で院内採用を進めることに慎重であるべき局面に来ています。
以下は、エーザイ医療関係者向けサイトにおけるニトロール製品の最新供給情報です。
エーザイ公式:ニトロールスプレー1.25mg 製品情報ページ(最新の出荷状況も掲載)
ニトロールスプレー1.25mgの有効成分は硝酸イソソルビド(isosorbide dinitrate:ISDN)で、ニトロペン・ミオコールスプレーの有効成分であるニトログリセリン(NTG)とは別成分です。ここを混同している医療従事者は少なくないため、切り替え対応の際に特に注意が必要です。
作用機序はほぼ同じで、体内で一酸化窒素(NO)を生成し、冠動脈を拡張させて心筋への血流を改善するとともに、全身の静脈・動脈を拡張させて心臓の前負荷・後負荷を軽減します。ただし代謝経路に差があります。ニトログリセリンは肝臓での初回通過効果が大きく作用が短時間で消退しますが、硝酸イソソルビドは代謝産物自体に活性があるため、作用持続時間が相対的に長いという特徴があります。
医薬品情報資料によると、ニトロールスプレーの作用発現は噴霧後約1〜2分、持続時間は30〜120分です。一方ミオコールスプレー(NTG系)は発現1〜2分・持続20〜30分、ニトロペン舌下錠は発現30秒〜1分・持続10〜30分です。
持続時間の差は大きいですね。ニトロールスプレーは最長2時間近く効果が持続する場合があるため、頻回使用した際の過降圧リスクが他の速効型硝酸薬より高くなる可能性があります。用法上の最大使用回数(1発作につき2噴霧まで)を患者に必ず指導することが重要です。
さらに、ニトログリセリン製剤との耐薬性(tolerance)も注意点です。長期使用や頻回使用により作用が減弱することがあり、添付文書でも「本剤使用中に本剤または他の硝酸・亜硝酸エステル系薬剤に対し耐薬性を生じ、作用が減弱することがある」と明記されています。耐薬性は原則です。
硝酸薬の耐薬性・作用発現・持続時間の詳細な比較については、以下の薬剤師向け参考ページが有用です。
医薬品情報21:硝酸薬の作用発現時間・持続時間 一覧表(ニトロールスプレー含む)
2025年3月、トーアエイヨー株式会社は「ミオコールスプレー0.3mgについて、出荷前の一部製品に部品破損が確認されたため出荷を一時停止する」と発表しました。その後、出荷停止→出荷再開→限定出荷という経緯をたどり、2025年末時点でも安定供給には至っていません。
この状況を受け、多くの病院や薬局でミオコールスプレーからニトロールスプレーへの院内切り替えが行われました。実際に複数の病院薬剤部の通知では、「ミオコールスプレー0.3mgが出荷停止となったため、代替品としてニトロールスプレー1.25mgを採用する。開始時期は令和7年4月以降」といった内容が確認されています。
ただし切り替え時には以下の違いを現場スタッフ全員が把握しておく必要があります。
| 項目 | ミオコールスプレー0.3mg | ニトロールスプレー1.25mg |
|------|----------------------|----------------------|
| 有効成分 | ニトログリセリン | 硝酸イソソルビド |
| 1噴霧の用量 | 0.3mg | 1.25mg |
| 作用発現 | 1〜2分 | 約1〜2分 |
| 作用持続 | 20〜30分 | 30〜120分 |
| 初回空噴き | 6〜7回 | 2〜3回 |
| 間隔あけた場合の空噴き | 1ヶ月以上で1回 | 3日以上で1回 |
特に初回の「空噴き回数」が異なる点は見落としやすいポイントです。ニトロールスプレーは初回に2〜3回の空噴きが必要で、3日以上間隔をあけた場合は使用前に再度1回の空噴きが必要です。患者への指導内容が変わることになるため、切り替え後の指導箋・服薬指導の文言も必ず更新することが重要です。
ミオコールスプレーの出荷停止と代替品に関する公式情報は以下から確認できます。
日本心血管インターベンション治療学会:ミオコールスプレー0.3mg 限定出荷ならびに欠品に関するご連絡(2025年3月)
ニトロールスプレーの供給が安定しない、または施設として採用を見合わせている場合、現在使用できる即効型硝酸薬としては主にニトロペン舌下錠0.3mg(日本化薬)が選択肢となります。
ニトロペンはニトログリセリン系であり、作用発現は30秒〜1分と最も速い反面、持続時間は10〜30分と短いです。スプレー剤と比較すると以下の場面で注意が求められます。
🔸 口腔内乾燥がある患者:高齢患者など唾液分泌が少ない場合、舌下錠は溶けにくく吸収が遅延する可能性があります。スプレー剤はこの点で有利で、乾燥口腔の患者にはスプレー形式が吸収効率の観点から推奨されていた背景があります。
🔸 認知機能低下のある患者:錠剤を舌下に正しく置く操作が難しい患者では、スプレー形式の方が確実に投与できるケースがあります。現在スプレー剤が入手困難な状況では、患者個別のリスク評価が必要です。
🔸 緊急時の操作性:スプレーは片手操作が可能で、PTPシートから取り出す必要がないため、胸部症状が出て手が震えているような状況でも扱いやすいとされています。
代替品を選ぶ際は「薬効の同等性」だけでなく「患者が確実に使えるか」という視点が必要です。医師・薬剤師・看護師が連携して、患者ごとの適性を確認する形が理想的です。
なお、ニトロールスプレーはED治療薬(シルデナフィル系、バルデナフィル系、タダラフィル、リオシグアト)との併用禁忌があります。ニトロペンも同様です。代替品を処方変更する際には、患者の内服薬一覧を必ず確認することが原則です。
KEGG Medicus:ニトロールスプレー1.25mg 医療用医薬品情報(禁忌・相互作用を含む添付文書情報)
多くの施設でニトロールスプレーへの切り替えが進む中で、見過ごされがちな問題が2つあります。1つは耐薬性、もう1つは在庫の使用有効期限管理です。
まず耐薬性(ニトレート耐性)について。硝酸イソソルビド系の製剤は、持続型製剤(フランドルテープなど)で長期使用している患者の場合、すでに耐薬性が生じている可能性があります。発作時にニトロールスプレーを使用しても「効かない」と感じるケースが出やすく、その場合は患者の不安に直結します。切り替え後に「薬が効かない」という訴えが出た際の対応フローを事前に決めておくことが重要です。
次に在庫の使用有効期限管理についてです。ニトロールスプレーは「3日以上間隔をあけた場合は1回空噴きしてから使用する」という条件があります。病棟の緊急薬棚や外来処置室などで長期間使用されないまま保管されているスプレーは、次回使用時に十分な量の薬剤が噴霧されないリスクがあります。管理担当者への再教育と、定期的な噴霧確認の手順を整備しておくと安全です。
💡 実際の医療事故事例では、スプレー型薬剤の噴霧不良が患者の状態悪化につながった報告もあります。日本医療機能評価機構(JCQHC)のヒヤリ・ハット事例集でも硝酸薬の取り扱いに関するケースが収載されており、参考になります。
さらにもう一点、あまり知られていないポイントとして「保管温度と火気」があります。ニトロールスプレーは加圧容器ではないため爆発リスクはありませんが、直射日光や高温環境(40℃以上)を避けた室温保管が必須です。夏場の車内放置などは薬効を損なう原因になります。患者への指導だけでなく、院内の緊急薬保管場所の環境確認も定期的に行うことが望まれます。
ニトロールスプレーの適正使用に関する詳細な指導情報は以下のページが参考になります。
あおやまクリニック:ニトロ製剤の正しい使い方(患者指導にも活用できる情報)
JAPIC:ニトロールスプレー1.25mg 添付文書(用法・用量・保管方法の詳細)