出荷調整が解除されたのに、まだ在庫不足で患者さんに処方できない施設があります。
ル・エストロジェルの出荷調整は、同剤そのものの製造トラブルが原因ではありませんでした。これが多くの医療従事者にとって盲点となったポイントです。
発端は2025年7月25日、日本産科婦人科学会を通じて通知された「メノエイドコンビパッチ」の自主回収および出荷停止でした。同剤は、エストロゲン(E)とプロゲスチン(P)の両方を含む貼付型のホルモン補充療法(HRT)製剤で、週2回貼り換えるタイプです。製剤フィルムの一部が剥離するという事案が確認されたため、メーカーが「万全を期して」自主回収を決定しました。重大な健康被害の恐れはないとされましたが、全国的な出荷停止という措置が取られました。
ここで問題となったのが、「エストロゲンとプロゲスチンの両成分を含む貼付剤を製造していたメーカーが1社しかなかった」という現実です。代替手段を探した患者が一斉に他のHRT製剤へ流れた結果、需要が想定を大幅に上回り、ル・エストロジェルを含む複数のHRT製剤が連鎖的に限定出荷へと切り替わりました。つまり、「供給側の問題」ではなく「需要側の急増」によるドミノ式の波及です。
富士製薬工業は2025年8月8日付で日本産科婦人科学会を通じ、「他社製品の出荷停止に伴う弊社製品限定出荷のご案内」を周知しました。この時点で限定出荷対象となったのは、ル・エストロジェル 0.06%(80g/本)のほか、エフメノカプセル100mg、エストラジオール錠0.5mg「F」でした。
これが教訓です。特定の製剤が1社独占で製造されているリスクが、HRT全体の供給安定性を脅かすという構造的な問題が浮き彫りになりました。
参考:日本産科婦人科学会による富士製薬工業からの周知依頼(2025年8月8日付)
富士製薬工業株式会社からの周知依頼「他社製品の出荷停止に伴う弊社製品限定出荷のご案内」|日本産科婦人科学会
現在の供給状況は正常化しています。ただし「完全に解決した」と断言するにはひとつ注意が必要です。
富士製薬工業は2026年2月26日付でお知らせを発出し、2026年3月2日(月)より限定出荷を解除し、通常出荷を再開することを正式に案内しました。対象製品はル・エストロジェル 0.06%(統一商品コード:431320043)、エフメノカプセル100mg(30カプセル・300カプセル)、エストラジオール錠0.5mg「F」の3品目です。
出荷解除の正式な流れとしては、2026年3月2日に富士製薬工業の配送センターから特約店への出荷が開始されました。医療機関への実際の納品日は特約店によって異なるため、具体的な入荷タイミングは各特約店への問い合わせが必要です。
注意すべきは、同社のメドロキシプロゲステロン酢酸エステル錠2.5mg/5mg「F」については、今回の解除対象に含まれておらず、引き続き限定出荷が継続されている点です。この事実は今回の案内文書に明記されており、複数製品をセットで取り扱う施設では混乱が生じやすいポイントとなっています。解除されたと思い込んで発注したら届かなかった、という状況が現場で起きうるため、製品ごとの確認が原則です。
薬剤の供給状況は、医薬品供給状況データベース「DSJP」でリアルタイムに確認できます。ル・エストロジェル 0.06%の告知履歴には、2025年7月31日の限定出荷開始と2026年3月2日の通常出荷再開が記録されています。
参考:医薬品供給状況データベース(DSJP)でル・エストロジェルの告知履歴を確認できます
ル・エストロジェル 0.06%|DSJP 医療用医薬品供給状況データベース
出荷調整中、現場の対応は「どの代替薬をどう組み合わせるか」にかかっていました。これが最も混乱した局面です。
HRTにおけるエストロゲン補充の手段は、ル・エストロジェル以外にも複数存在します。主な選択肢を整理すると、経皮ジェル剤としてはディビゲル(1包1mg塗布・太もも/腹部に塗布)、貼付剤としてはエストラーナテープ(2日に1回貼り換え)、経口剤としてはジュリナ錠(エストラジオール錠)があります。
これらを黄体ホルモン製剤と組み合わせた代替処方例として、各施設が採用した主なパターンは以下のとおりでした。
| エストロゲン製剤 | 黄体ホルモン製剤 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ル・エストロジェル(ジェル) | エフメノカプセル | 出荷調整中は入手困難な場合あり |
| ディビゲル(ジェル) | エフメノカプセル | 塗布部位が腹部・太もも |
| エストラーナテープ(貼付) | エフメノカプセル | 皮膚かぶれに注意 |
| ジュリナ錠(経口) | エフメノカプセル | 肝初回通過効果あり、血栓リスク注意 |
| (子宮摘出後)エストラーナテープなど | 不要 | エストロゲン単剤でOK |
現場で特に問題となったのは、ル・エストロジェルとエフメノカプセルが同時に限定出荷となった点でした。代替薬に変えようとしても、その代替薬自体も手に入りにくい状況が一時的に発生し、HRT難民と呼べる状態になりかねない患者が出たのです。
なお、エストロゲン製剤選択に際して重要な臨床的ポイントがあります。経皮製剤(ジェル・テープ)は肝臓の初回通過効果を受けないため、血栓症リスクが経口剤と比べて低いとされています。骨粗鬆症治療目的でHRTを行っている患者へは、EP合剤の内服薬である「ウェールナラ配合錠」(連日1錠服用)という選択肢もありました。
参考:更年期HRTの薬剤選択と代替処方の考え方が丁寧に解説されています
ホルモン補充療法の経口剤と経皮剤の使い分け|冬城産婦人科医院
出荷調整をきっかけに、ル・エストロジェルの基本的な処方知識を再整理しておくことは意味があります。これは使えそうです。
ル・エストロジェル 0.06%は、富士製薬工業が製造販売する経皮吸収型エストロゲン製剤で、有効成分はエストラジオール(E2)です。日本で初めて承認されたエストラジオール含有の外用ゲル状塗布剤として知られています。
用法・用量の基本は、「2プッシュ(1.8g、エストラジオールとして1.08mg含有)を1日1回、両腕の手首から肩までの広い範囲に塗擦する」です。1プッシュあたり0.54mgが含有されており、症状や目的に応じて1プッシュに減量することも可能です。通常量(2プッシュ/日)で使用した場合、1本(80g)で42日分(約6週間分)が目安です。
薬価は1gあたり19.50円、1本(80g)の包装薬価は1,560円です。HRTは長期使用となるケースが多いため、薬剤費の見通しも患者への説明に役立てられます。3割負担であれば1本あたり約468円、月に約1本使用として試算すると患者自己負担は月500円前後です。手に届きやすい費用感です。
塗り方のポイントとして服薬指導でよく確認が必要な事項を挙げると、初回使用時にはジェルが出るまでポンプを数回空押しし、最初に出たジェルは廃棄することが必要な点があります。また、ジェルを塗布した後に日焼け止めや保湿クリームを重ね塗りする場合は、アルコール含有製品を数時間空けてから使用するよう指導する必要があります。塗布直後にアルコール含有化粧品を使うと吸収に影響が生じる可能性があります。
プッシュ回数による投与量の調整が可能なことも、ル・エストロジェルの特徴のひとつです。ディビゲルが「1包1mg」固定であるのに対し、ル・エストロジェルは1プッシュ(0.54mg)単位での細かな用量調整が可能です。これは出荷調整から復帰後の処方再開時にも、患者の状態に応じた柔軟な対応を可能にします。
参考:ル・エストロジェルの使い方・塗り方・よくある質問(メーカー公式情報)
よくあるご質問 Q&A|ル・エストロジェル 0.06%(富士製薬工業 公式)
今回の一連の出荷調整が医療現場に残した最大の問いは、「1製品の出荷停止が他品目を連鎖的に締め付けるリスクをどう管理するか」です。厳しいところですね。
通常、出荷調整対応は「代替薬を探す」という方向で考えられがちです。しかし今回のケースでは、代替薬として選ばれたル・エストロジェル自身も同時期に限定出荷となりました。つまり「代替薬もない」というダブルロックの状態が起きたのです。これを防ぐための視点として、処方設計の段階から「代替ルートの重複リスク」を考慮することが実践的です。
具体的には、特定の製剤への依存度が高い患者群を事前に把握し、供給不安が生じた際に素早く切り替え対応できるよう、患者ごとの代替薬の選択肢を診療録にあらかじめメモしておくことが一手となります。たとえば「この患者はエストラーナテープへの切り替えが可能」「皮膚かぶれがあるため貼付剤不可、ジュリナ錠が選択肢」のような情報を蓄積しておくだけで、緊急時の対応速度が大きく変わります。
もう一つ注目すべきは、背景にある薬価引き下げ構造です。国は保険適用薬の薬価を段階的に引き下げていく方針をとっていますが、製薬会社にとって利益率が低下した製品は製造・供給継続のインセンティブが失われます。今回のメノエイドコンビパッチの「1社独占製造」というリスクも、製造コストや市場規模の問題と無縁ではありません。更年期領域の製剤はHRT以外にも、低用量エストロゲン製剤、女性性機能障害治療薬など複数品目が供給不安を繰り返しています。
医療従事者として今できる実践的なアクションは3つです。まず①DSJPなどの供給状況データベースを定期的にチェックする習慣をつけること、次に②処方中のHRT製剤ごとの代替薬リストを診療録上で整備すること、そして③患者への事前説明として「この薬が入りにくくなる場合がある」という旨を伝え、急な変更時の混乱を最小化することです。
供給が不安定な時代だからこそ、1剤ごとのバックアッププランが患者ケアの質を左右します。結論は「備えあれば憂いなし」です。
参考:HRT製剤の薬価・供給構造とその課題を分析した医療現場からの視点記事
ホルモン補充療法に激震 このままでは日本の薬不足はなくならない|crumii