カートリッジを装填してから3ヶ月が過ぎると、薬液が残っていても使用できなくなります。
スピオルトレスピマットは、ベーリンガーインゲルハイム社が製造販売するCOPD(慢性閉塞性肺疾患)治療薬です。2つの有効成分、長時間作用型β2刺激薬(LABA)であるオロダテロール塩酸塩と、長時間作用型抗コリン薬(LAMA)であるチオトロピウム臭化物水和物が配合されています。このLABA/LAMA配合という点が、スピオルトの大きな特徴です。
つまり、1剤で気管支拡張の2つのアプローチを同時に行える薬剤です。
LABA(オロダテロール)は気管支平滑筋のβ2受容体を刺激し、気管支を拡張させます。LAMA(チオトロピウム)は気管支平滑筋のムスカリン受容体を遮断して気管支拡張を促し、さらに咳や痰を抑制する効果も発揮します。この2成分が相乗的に作用することで、LABA単剤やLAMA単剤と比較して、より高い呼吸困難感の改善・COPD増悪の低減・運動耐容能の改善・呼吸機能の改善が期待できます。
適応症はCOPD(慢性気管支炎・肺気腫)に限定されており、喘息への適応はありません。これが処方時に特に注意すべき点で、患者側が自身の疾患を喘息と誤解している場合に混乱が起きることがあります。処方の段階でCOPDであることを患者に明確に伝えることが、吸入指導の出発点となります。
用法・用量は「1日1回2吸入(チオトロピウムとして5μg、オロダテロールとして5μg)」です。1日1回の吸入で完結するため、アドヒアランスの確保という面でも優れた製剤といえます。
スピオルトレスピマット60吸入は1本あたり60回分(1吸入が1回分として換算)、つまり1日2吸入で使用した場合は30日分に相当します。28吸入製剤は14日分です。医療従事者は処方日数と製剤選択の整合性を確認する際に、この吸入回数と日数の対応関係を把握しておくことが重要です。
薬価について、スピオルトレスピマット60吸入は1本5,353円(2024年時点)で、3割負担では約1,606円となります。1ヶ月あたりの患者負担として説明できると、アドヒアランス向上につながります。
同種同効薬(LABA/LAMA配合剤)として、アノーロエリプタ(DPI製剤)、ビベスピエアロスフィア(pMDI製剤)、ウルティブロブリーズヘラー(DPI製剤)があります。スピオルトはソフトミスト吸入薬(SMI)であり、吸気力の弱い高齢COPD患者に選択されやすい剤型です。
参考:スピオルトに関するFAQ(ベーリンガーインゲルハイム公式)
スピオルトのよくある質問(ベーリンガーインゲルハイム) — 使用前・使用中・使用後の注意点を製薬会社が直接回答しています
スピオルトレスピマットは、他のDPI製剤とは異なり、初回使用前にカートリッジの装填作業が必要です。これはやや煩雑で、患者がひとりでスムーズに行えないケースも多いため、初回は薬剤師や医療従事者が立ち会うことが強く推奨されます。
カートリッジ装填の手順は以下のとおりです。
| ステップ | 操作内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 安全止めを押す | キャップを閉じた状態で、赤い安全止めを押しながら透明ケースを取り外す | 必ずキャップを閉じたまま行う |
| ② カートリッジを向きに注意して挿入 | くぼみのある面を本体側に向けて挿入する | 斜めに挿入すると最後まで装填できない |
| ③ 固い面で押し込む | 固い平面の上でゆっくり最後まで押し込む | 装填後、ケース下部からカートリッジの端が2〜3mm見えていれば正常 |
| ④ 透明ケースを再装着 | カチッと音がするまではめ込む | 装填前に透明ケースを回転させない(挿入不可になる) |
万が一、カートリッジを装填する前に透明ケースを誤って回転させてしまった場合は、一度噴霧ボタンを押して元の状態に戻してから、改めてカートリッジを挿入する必要があります。これは患者が自宅でつまずきやすいポイントのひとつです。
カートリッジの装填が完了したら、次の操作は初回空打ちです。初回の空打ちは計4回行います。
ミストが見えるかどうかを確認することが大切です。この空打ちは薬液の残数にはカウントされません。また、空打ちの際は薬液が目に入らないよう、顔から離して下向きに噴霧するよう患者に徹底指導することが必要です。
なお、カートリッジを吸入用器具に装填してから3ヶ月以上経過した場合は、薬液が残っていたとしても使用を中止するよう添付文書に明記されています。これは、25℃・40%RHにおける使用中の安定性試験の期間が3ヶ月であることに基づいています。患者に「薬液が入っているから大丈夫」と誤解されることのないよう、処方・指導時に装填日の記録を勧めることが有用です。
カートリッジ装填後の毎日の吸入手順は、以下の流れで行います。医療従事者が患者指導を行う際は、それぞれのステップで「なぜそうするのか」の理由も合わせて伝えることで、患者の理解と定着が促されます。
吸入速度は特に重要な指導ポイントです。レスピマット製剤は、DPI製剤のように力強く吸い込む必要がなく、「草原で深呼吸するようなイメージで5〜6秒かけてゆっくり」が適切な吸入速度です。速すぎると薬剤が肺の奥に届かず、口腔や咽頭に沈着してしまう可能性があります。
指導時には「ゆっくり」を具体的なイメージで伝えるのが効果的です。「5秒かけてゆっくり」と言うだけでなく、「3〜4歳の子供が風船を膨らます速さくらい」「お腹から空気を引き込むイメージ」といった表現が臨床現場では使われています。
2回の吸入が終了したら、吸入後に口を水でゆすぐことが推奨される場合があります。ただし、スピオルトレスピマット単独使用の場合(吸入ステロイド薬との併用がない場合)は、うがいは必ずしも必要ありません。吸入ステロイド薬(ICS)との併用時には、ICSによる口腔カンジダ症・嗄声の予防のため吸入後のうがいを推奨します。
参考:環境再生保全機構(ERCA)によるレスピマットの吸入方法解説
レスピマットの正しい吸入方法(ERCA)— 手順動画と注意点が整理されており、患者指導の補助資料として活用できます
吸入指導において見落とされがちなのが、休薬期間後の再使用時における空打ちのルールです。COPDの患者は入院や術後などの理由でスピオルトを一時中断することがあります。そのような場合の再開時指導は特に重要です。
休薬期間に応じた空打ち回数と方法は次のように異なります。
| 休薬期間 | 空打ち操作 |
|---|---|
| 7日未満(3日以上) | 下に向けて1回空打ちし、ミストを確認してから吸入する |
| 7日以上〜21日未満 | 下に向けて1回噴霧した後に使用する(ミスト確認) |
| 21日以上 | ミスト(霧)が見えるまで空打ちを繰り返し、見えたらさらに3回空打ちを行ってから吸入する(初回装填時と同様の操作) |
空打ち操作を正確に行わないと、薬液の噴霧が不均一になったり、有効な薬液量が吸入されない恐れがあります。これは肺への薬剤到達量が低下することを意味し、COPDの症状コントロールに影響する可能性があります。入院期間中にスピオルトを中断した患者が退院後に再使用する際、退院指導の中にこのルールを組み込むことが求められます。
空打ちに注意すればOKです。
また、空打ち回数についての患者の混乱を防ぐために、「最後に使った日から何日経っているか」をカレンダーに記録する習慣を提案するのも有効です。薬局ではお薬手帳の余白を使って休薬開始日を記録するよう指導している施設もあります。
マウスピースのメンテナンスも吸入効率を保つうえで欠かせません。少なくとも週1回は、マウスピース(吸入口)と内側の金属部分を湿らせた布またはティッシュペーパーで拭くよう指導します。金属部分が変色することがありますが、これは吸入用器具の品質や機能に問題はありません。水に浸したり水洗いすることは、器具の破損につながるため避けるよう伝えることも必要です。
参考:市立豊中病院薬剤部作成のスピオルトレスピマット吸入方法PDF
スピオルトレスピマット吸入方法(市立豊中病院薬剤部)— 吸入手順の図解と誤った使用例が掲載されており、患者向け配布資料として参考にできます
実際の吸入指導現場では、患者が特定のステップを繰り返し誤るパターンが見られます。これらを事前に把握し、指導の中でピンポイントに伝えることが、吸入技術の定着につながります。
よくある間違いとその対策は以下のとおりです。
これらのミスは一度起きると患者が「ちゃんと使っているのに効果がない」と思い込み、治療への不満や中断につながります。そのため定期的(月1回程度)に吸入技術を再確認する機会を設けることが重要です。
吸入技術の確認が原則です。
客観的に吸入速度をチェックしたい場合は、「吸入速度チェックキット」(In-Check DIAL等)を使って実際の吸気流速を測定する方法があります。レスピマット製剤に適した流速(30L/min前後)を確認できるため、高齢患者や呼吸機能低下患者の指導に活用されています。
スピオルトレスピマットを処方・調剤する際に医療従事者が必ず確認すべき禁忌・慎重投与の条件があります。チオトロピウム(LAMA成分)の抗コリン作用に関連するものが多く、スクリーニングを怠ると患者に重大なリスクが生じます。
副作用については、主に抗コリン作用(口渇、便秘、排尿困難)とβ2刺激作用(心悸亢進、振戦)に関連するものが代表的です。重篤な副作用としては、心房細動、閉塞隅角緑内障、イレウス、アナフィラキシーなどが報告されており、患者に「目が痛い・かすむ」「尿が急に出にくくなった」などの症状が出た場合はすぐに受診するよう指導することが重要です。
副作用の早期発見が条件です。
さらに、妊婦・授乳婦への投与は臨床試験の安全性が確立されていないため、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ適応となります。動物実験では乳汁への移行も確認されているため、授乳中の投与はやむを得ない場合を除き中止を検討します。高用量での動物実験(妊娠ウサギへの吸入)では胎児の骨格・眼・心血管の発生異常も報告されており、慎重な判断が求められる薬剤です。
1日1回を超えて吸入しないことが鉄則です。過剰使用は不整脈や心停止などの重篤な副作用につながるリスクがあり、患者が「効果が足りない」と感じて自己判断で増量しないよう、処方量の厳守を明確に伝えることが必要です。
参考:べーリンガープラス(医療従事者向け)のスピオルト使用方法ページ
スピオルト レスピマット使用方法(ベーリンガーインゲルハイム医療従事者向け)— 患者指導用動画と吸入指導の資材ダウンロードが可能です