低温殺菌の歴史は1860年代にさかのぼり、微生物学の祖ルイ・パスツールによってワインの殺菌法として導入されました。この方法は、摂氏100度以下の温度で行う加熱殺菌法で、微生物を完全には死滅させず、害のない程度にまで減少させることを目的としています。重要なのは、低温殺菌が温度と時間の両方に依存する点です。食品安全委員会の調査によると、異なる温度では必要な加熱時間が大きく異なります。
低温殺菌では、細菌の死滅が単純な関数ではなく、複雑なプロセスであることが分かっています。温度が1度低下すると、必要な加熱時間は大幅に増加します。たとえば、鶏肉の場合、63℃では30分の加熱が必要ですが、60℃では約27.5分、58℃では68.4分と、温度が低いほど時間が必要になるのです。この原理を理解することが、家庭での安全な低温調理の基本となります。
厚生労働省が推奨する低温調理の基準は、中心部の温度を63℃で30分間以上加熱すること、またはこれと同等以上の効力を有する方法です。この基準は、最も一般的な食中毒菌のサルモネラ菌を対象とした基準であり、より耐熱性が高い菌への対応の場合は、加熱時間を延長する必要があります。
食品安全委員会による低温調理の詳細ガイドでは、肉の種類別に具体的な温度と時間の組み合わせが示されており、実践的な調理データが掲載されています。
日本における牛乳の殺菌方法は、温度と時間によって大きく4つに分類されます。最初の分類は低温殺菌(LTLT法:Low Temperature Long Time)で、低温保持殺菌として63~65℃で30分間、連続式低温殺菌として65~68℃で30分間の加熱が標準です。この方法の利点は、牛乳本来の風味と栄養価を最大限保持できることです。
次に高温殺菌(HTLT法)があり、75℃以上で15分以上の加熱が必要です。さらに高温短時間殺菌(HTST法)は72℃以上で15秒以上、そして超高温瞬間殺菌(UHT法)は120~150℃で1~3秒間という極めて短時間での加熱です。現在、日本で販売されている牛乳の約90%がUHT殺菌を採用しており、これは耐熱性胞子形成菌をも死滅させられる唯一の方法であり、大量生産に適しています。
興味深いことに、欧米では低温殺菌が主流であり、牛乳の本来の味わいを重視する消費者が多く存在します。低温殺菌牛乳は消費期限が短い代わりに、新鮮さと本来の風味を保つため、小規模な酪農家によって実践されてきました。低温殺菌には、原料の生乳に含まれる細菌が少ないこと、かつ新鮮であることの2つの条件が必須であり、すべての生乳に適用できるわけではないという制限があります。
乳業団体による詳細な殺菌方法の解説では、LTLT法とHTST法の技術的違いと、保持式・連続式の装置形式について詳しく説明されています。
家庭での肉の低温調理において、最も重要なのは食中毒菌の不活化です。鶏肉に潜むカンピロバクターは、加熱不足による食中毒の大きな原因となっており、近年の患者数が増加傾向にあります。食品安全委員会の実験では、約300グラムで厚さ3センチメートルの鶏ムネ肉を63℃のお湯に入れた場合、肉の内部温度がその温度に達するまでに平均68分を要することが明らかになりました。
重要な発見は、肉の内部温度が設定温度に達した時点では、まだ殺菌が不完全であるという点です。63℃の場合、温度に達した後さらに30分間その温度を維持する必要があります。つまり、合計100分弱の加熱時間が必要になるのです。70℃では3分間、75℃では1分間の温度維持で済みますが、それでも肉が加熱温度に達するまでの時間は70分程度かかります。
牛肉の場合、腸管出血性大腸菌O157への対策が重要です。通常、O157は肉の表面に付着していますが、熟成による肉の変化や包丁で切った場合、菌が内部に侵入する可能性があります。そのため、塊肉であっても63℃で30分間以上の加熱が推奨されています。牛モモ肉(約300グラム、厚さ3センチメートル)の場合、内部温度が63℃に達するまでに約94分、さらに30分の温度維持が必要で、合計130分近くの加熱時間を要します。
より高い確実性を求める場合、サルモネラ菌より耐熱性の高いリステリア菌への対応を検討する価値があります。この場合、加熱時間を3倍に延長するだけで対応でき、同じ温度条件でより強固な殺菌が実現できます。
真空調理の低温殺菌に関する実践的なガイドでは、温度別の加熱時間チャートが提示されており、異なる食材への応用も解説されています。
多くの家庭や飲食店で行われている自己流の低温調理には、根本的な問題があります。それは、加熱が完全かどうかを肉の見た目で判断できないという現実です。食品安全委員会の調査で、63℃に達したばかりの鶏ムネ肉と、必要な30分間の温度維持をした鶏ムネ肉の外観はほぼ同じであることが確認されました。切った断面を見比べても、違いが識別できないのです。
この発見は、従来の調理経験が低温調理では通用しないことを意味しています。肉の色合い、表面の状態、切った時の血の有無など、すべての視覚的判断では、食中毒を防ぐに十分な加熱がされたかどうかを区別できません。その結果、インターネットやメディアで紹介されている「簡単」とされるレシピの多くが、実は不十分な加熱条件であるという危険な状況が生じています。
さらに重要なのは、肉の重量や厚みが加熱時間に大きく影響することです。例えば、70℃で加熱した場合、300グラムで厚さ3センチメートルの肉では内部温度に達するまで100分かかりますが、760グラムで厚さ6センチメートルの肉では180分を要します。つまり、「ローストビーフなら100分」といった一定の覚え方では対応不可能な状況があります。低温調理器のマニュアルに従うか、中心温度計で確認することが不可欠なのです。
インターネットや料理雑誌で「簡単」として紹介されているレシピの多くが、塊肉の表面を焼いてからアルミホイルで包んで置いたり、ジッパー付き袋に肉を入れて沸騰したお湯に浸し、火から下ろして余熱だけで調理したりするものです。これらのレシピの共通点は、温度管理を放棄して余熱の力に頼ることです。
しかし、食品安全委員会の実験データから、このような余熱を利用する方法では、中心温度が食中毒を防ぐに足りるほどには上昇しないことが明らかになっています。加熱中に一定の中心温度を達成してからでないと、余熱だけでの温度上昇は不十分であり、その後も限定的です。つまり、簡単さを優先させた結果、実は最も危険な調理方法を選択していることになるのです。
正しい低温殺菌を実現するには、低温調理器などの器具を使用して、設定温度を厳密に保つ必要があります。調理時は中心温度計で肉の内部温度を測定し、規定の温度に達してから指定された時間、その温度を維持することが必須です。肉の大きさが異なる場合は、調理時間を相応に調整する必要があります。また、冷蔵庫から出した肉の場合は政府推奨の加熱時間に1時間、冷凍肉の場合は2時間の追加が推奨されています。
低温調理の加熱時間基準表では、厚生労働省の推奨基準に基づいた各温度における必要な加熱時間が詳細に示されており、実務的な参考資料として活用できます。
低温殺菌の効果は、温度と時間の両方が重要な要素として働きます。これを理解するため、異なる菌に対する低温殺菌チャートを参考にすると、より深い認識が得られます。サルモネラ菌を対象とした場合、58℃では68.4分、60℃では27.5分、63℃では9.2分、66℃では2.8分の加熱が必要です。一方、リステリア菌のようなより耐熱性の高い菌に対しては、同じ温度条件下での加熱時間を3倍に延長することで対応可能です。
豚肉の低温調理については、鶏肉や牛肉ほど多くの情報が一般に流布していないため、注意が必要です。豚肉に含まれる寄生虫や病原菌への対応も考慮し、基本的には鶏肉と同等の加熱条件(63℃で30分間以上)を適用することが推奨されています。
低温調理を実践する際には、各種食材の特性を理解し、食中毒のリスクを正確に把握することが前提となります。家庭での低温調理は、決して時間短縮や手間削減の手段ではなく、味わいと安全性を両立させるための科学的な調理法であるという認識が不可欠です。十分な知識と、適切な計測器具を揃えた上で実践することで、初めてその利点が活かせるのです。

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