先発品のセレキノン錠を「今も取り寄せられる」と思ったまま患者さんに案内していると、調剤不能で処方がそのまま戻ってきます。
トリメブチンマレイン酸塩の先発品「セレキノン錠100mg」は、1972年に国内で初めて承認・発売された消化管運動調律剤です。長年にわたりIBSや慢性胃炎の第一選択薬として広く使われてきた歴史のある薬ですが、今やその先発品は市場から姿を消しています。
終売に至った経緯は、単純な需要減ではありません。2020年12月以降、ジェネリック医薬品大手の日医工など複数のメーカーで品質不正や製造工程の逸脱が発覚し、次々と業務停止処分が下されました。その結果、「トリメブチンマレイン酸塩」の後発品が市場から大量に消えたのです。
後発品が入手困難になると、当然ながら先発品であるセレキノンへの需要が急増します。田辺三菱製薬(現・田辺ファーマ)は2021年8月から出荷調整を開始しましたが、新たな顧客からの受注制限を設けても需要をまかなえない状況が続きました。製造ラインの増強に踏み切れなかった背景には、長年の薬価引き下げによって採算が取れなくなっていたという構造的な問題がありました。
つまり原因です。薬価抑制政策によって、先発・後発を問わずメーカーが設備投資の余力を失い、供給能力が慢性的に低下していたのです。田辺ファーマは2023年1月をもってセレキノン錠100mgを正式に販売終了とし、現在は後発品のみが流通しています。医療従事者の方は、「セレキノン」という商品名での処方・在庫確保がすでに不可能である点を、改めて確認しておく必要があります。
参考:セレキノン販売終了の経緯と背景(田辺ファーマ 経過措置・中止情報)
田辺ファーマ 経過措置・販売終了品一覧
参考:現場の医師によるセレキノン終売の考察と薬不足問題の背景
セレキノンが販売中止になるという衝撃|吉岡医院
トリメブチンマレイン酸塩の最大の特徴は、消化管平滑筋に対する「二面的作用(双方向性調律作用)」にあります。一般的な消化管運動促進薬や抑制薬と異なり、腸管の運動状態に応じて促進にも抑制にも働く点が、他の薬剤にはない独自性です。
作用機序の詳細を見ると、平滑筋細胞において弛緩した状態(運動低下時)にはKチャネルの抑制による脱分極で細胞の興奮性を高めます。一方、細胞が過剰に興奮している状態(運動亢進時)にはCaチャネルを抑制することで収縮を抑えます。これが一剤でIBSの下痢型・便秘型・混合型すべてをカバーできる理由です。
後発品との同等性については、生物学的同等性試験によって確認されています。これが原則です。つまり先発品セレキノン錠と後発品の間で、吸収速度・吸収量に統計学的な有意差がないことが示されており、有効成分であるトリメブチンマレイン酸塩が体内で同様に機能するとみなせます。
後発品の薬価は1錠6.1円で、患者がIBSとして1回2錠・1日3回(600mg/日)を30日服用した場合、薬剤費の総薬価は約1,098円となり、3割負担でも自己負担額は約330円に収まります。薬剤費の面でも後発品への切り替えは合理的な選択です。
現在流通している主な後発品メーカーとしては、沢井製薬(トリメブチンマレイン酸塩錠100mg「サワイ」)、東和薬品(同「トーワ」)、鶴原製薬(同「ツルハラ」)などがあります。一般名処方の標準的な記載は「【般】トリメブチンマレイン酸塩錠100mg」です。一般名処方で記載しておけば問題ありません。
参考:トリメブチンマレイン酸塩の作用機序・薬価・適応の詳細
トリメブチンマレイン酸塩錠100mg「サワイ」薬剤情報|CareNet
先発品の終売を受けて後発品への切り替えが完了した現在でも、処方箋・調剤の現場で注意すべきポイントがいくつかあります。
まず、銘柄処方ではなく一般名処方で記載することが推奨されます。特定の後発品メーカーの供給状況は時期によって変動しており、銘柄を指定すると薬局が対応できないケースが生じる可能性があります。「トリメブチンマレイン酸塩錠100mg」という一般名処方であれば、複数の後発品メーカーから調剤できるため安定した供給が見込めます。
次に、2024年3月の厚生労働省の事務連絡によって、一定条件下で後発品から先発品への変更調剤も認められるようになっています。ただしこれはあくまで供給逼迫時の例外的措置であり、トリメブチンに関しては先発品そのものが終売となっているため事実上適用できません。この点は現場でしばしば混同されるため、注意が必要です。
また、変更調剤を行う際は患者への説明と同意が必須です。特に長期処方患者で「今まで飲んでいた薬とは名前が違う」と不安を感じる方もいます。「有効成分・用量・効果は同一です」という説明を丁寧に行うことが、アドヒアランスの維持につながります。
一般名処方の標準的な記載と後発品一覧の確認には日経メディカルの処方薬事典や各種薬価データベースが便利です。これは使えそうです。
参考:後発品から先発品への変更調剤ルールの最新動向
後発品への切り替え後も、薬の安全管理の観点は変わりません。トリメブチンマレイン酸塩は比較的安全性が高い部類の薬ですが、重大な副作用として肝機能障害・黄疸が添付文書に明記されており(頻度不明)、見落としてはいけない副作用です。
具体的には、AST(GOT)・ALT(GPT)・ALP・LDH・γ-GTPの上昇を伴う肝機能障害、および黄疸の発現が報告されています。頻度が「不明」とされているのは、市販後調査で因果関係が確認されたケースが存在する一方、その発症率を正確に算出できるほどのデータが揃っていないためです。痛いところですね。
治験での全体的な副作用発生率は1,515例中74例(4.88%)で、最多は便秘(1.32%)でした。他には下痢、腹鳴、口渇、眠気、めまい、発疹なども報告されています。これらの副作用は多くの場合軽度ですが、長期処方においては定期的な肝機能検査値のモニタリングを行うことが望ましいとされています。
また、高齢者については生理機能の低下(特に肝・腎機能)が薬物代謝に影響するため、添付文書上も「減量するなど注意すること」と明記されています。高齢の患者さんには1日300mg(100mg×3回)をベースに、状態を確認しながら用量を検討することが基本です。
妊婦・授乳婦・小児への安全性は確立されていません。動物実験では授乳中の母乳への微量移行が確認されており、小児に対する臨床試験データも存在しないことから、これらの患者層への投与は慎重に判断する必要があります。安全性が未確立という点だけは覚えておけばOKです。
参考:トリメブチンマレイン酸塩の添付文書(副作用・用法用量)
トリメブチンマレイン酸塩錠100mg「トーワ」インタビューフォーム|JAPIC
セレキノン錠の終売は、一つの薬が市場から消えたという話に留まりません。これは日本の薬価制度と医薬品供給体制の脆弱さを象徴する出来事として、医療従事者が理解すべき問題です。
現場への直接的な影響として最も大きかったのは、IBSの治療選択肢が一度に複数消えたことです。セレキノン錠(トリメブチン)の終売に続き、同じIBSに使用するトランコロン(メペンゾラート)も同時期に販売中止となりました。トランコロンは消化管の攣縮緩解作用を持つ薬で、腹痛への対応として使いやすい薬でした。IBS治療薬の選択肢がこれほど短期間に絞られた状況は前例がなく、多くの現場医師が代替薬の選定に苦慮しました。
一方で、セレキノンの後継品的な位置付けとして「セレキノンS」がOTC(一般用医薬品、第2類医薬品)として田辺ファーマから現在も販売されています。これは処方薬としてのセレキノン錠とは別のカテゴリーです。医療機関での処方はできませんが、IBSと既に診断を受けた患者が再発時に自己対処するための薬として設計されており、医療用医薬品と同量のトリメブチンマレイン酸塩(100mg/錠)が配合されています。
既存のIBS患者が市販薬のセレキノンSを活用している場合、処方薬との二重使用になっていないかの確認が必要です。患者への服薬指導の際には、OTCとの重複リスクに触れることも重要な観点です。これが条件です。
薬剤の安定供給問題は現在も続いており、後発品においても特定メーカーの出荷調整・供給停止が随時発生しています。処方・調剤する際には最新の出荷情報を確認する習慣をつけることが、患者への継続的な薬物療法を支えるうえで欠かせません。
参考:IBSに使える市販薬セレキノンSの概要(田辺ファーマ公式)
セレキノンS 過敏性腸症候群(IBS)の再発症状改善薬|田辺ファーマ
参考:過敏性腸症候群の市販薬と処方薬の比較解説