五淋散(ごりんさん)を「膀胱炎の漢方薬」と一言で片づけていると、5年以上の長期投与で腸間膜静脈硬化症を引き起こす山梔子のリスクを見落とすことになります。
ツムラ五淋散エキス顆粒(医療用)は、識別コード「ツムラ/56」として流通しています。つまり「56番」が答えです。1986年10月に販売が開始されたこの製剤は、日本標準商品分類番号875200に分類され、顆粒剤(黄褐色)として提供されています。薬価は1包(2.5g)あたり42.5円、1日薬価は127.50円と比較的安価です。3割負担の患者が30日分処方を受けた場合の薬剤費は約1,148円となります。
五淋散の出典は中国・宋時代(10世紀〜13世紀頃)の薬物書「和剤局方(わざいきょくほう)」です。つまり1,000年近い使用実績を持つ古典処方であり、現代医療に引き継がれている点は特筆に値します。処方名の「五淋」とは中医学における5つの排尿障害の病態を意味します。石淋(尿路結石に相当)・気淋(気滞による排尿障害)・膏淋(尿の白濁・脂肪様変化)・労淋(疲労で悪化する排尿トラブル)・熱淋(炎症による排尿痛)の5つです。これだけ多様な病態をカバーするように設計されているため、五淋散は「尿路系の総合処方」とも呼ばれます。
通常の用法・用量は、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前または食間に水かぬるま湯で服用します。年齢・体重・症状により適宜増減が行われます。基本的にエキス顆粒はお湯に溶かして服用すると効果が引き出されやすいとされています。なお、小児への投与については添付文書上「使用経験が少なく安全性が確立していない」と明記されており、注意が必要です。
くすりのしおり:ツムラ五淋散エキス顆粒(医療用)— 患者向け情報(くすりの適正使用協議会)
五淋散の処方を理解するには、11種類の生薬が「利尿」「清熱」「鎮痛」「補血」という4つの役割に分かれて機能していることを把握することが早道です。これが分かれば、どの患者に適しているかの判断が格段に速くなります。
まず「利尿・消炎」のグループとして、沢瀉(タクシャ)・茯苓(ブクリョウ)・車前子(シャゼンシ)・滑石(カッセキ)・木通(モクツウ)が挙げられます。これら5種は体内の余分な水分を排泄し、尿の通りを良くします。中でも滑石はケイ酸アルミニウムを主成分とする鉱物由来の生薬であり、ベビーパウダー(タルク)の原料と同系統です。飲み薬に鉱物が使われていることは一般の感覚からすると意外ですが、消炎・利尿・止渇の作用が尿路炎症に直接作用するとされています。木通はアケビ科植物のつるで、食用にもなるアケビの実と同じ植物由来です。
次に「清熱・抗炎症」のグループとして黄芩(オウゴン)と山梔子(サンシシ)があります。強い苦味を持つ清熱薬で、尿路感染症に伴う充血・発赤・疼痛を和らげます。山梔子はクチナシの果実で、古来より天然染料(たくあんやおせち料理の黄色はこのクチナシが由来)としても使われてきた生薬です。ただし後述のとおり、山梔子の長期投与は腸間膜静脈硬化症のリスクを持つことを必ず意識してください。
「鎮痛・鎮痙」のグループは芍薬(シャクヤク)と甘草(カンゾウ)です。この2生薬の組み合わせは「芍薬甘草湯」として独立した処方があるほど相性が良く、筋肉の痙攣や排尿時の疼痛を緩和します。甘草はほのかな甘みをもたらす生薬でもあり、苦味の強い黄芩・山梔子の味を和らげる役割も果たします。
最後に「補血・粘膜修復」のグループとして地黄(ジオウ)と当帰(トウキ)があります。炎症で損傷した尿路粘膜の回復を促し、血尿に対する止血作用も持ちます。地黄は胃腸が虚弱な患者に負担をかけることがあるため、この点が処方の適否判断において重要なポイントとなります。
| 役割グループ | 生薬名 | 主な作用 |
|---|---|---|
| 利尿・消炎 | 沢瀉・茯苓・車前子・滑石・木通 | 尿路の余分な水分を排出、熱を冷ます |
| 清熱・抗炎症 | 黄芩・山梔子 | 炎症・充血・疼痛を抑える |
| 鎮痛・鎮痙 | 芍薬・甘草 | 排尿時の痛みと筋緊張を緩和 |
| 補血・粘膜修復 | 地黄・当帰 | 粘膜修復・止血・血液循環改善 |
つまり五淋散は単なる利尿剤ではなく、炎症の制御から組織修復までを一包でカバーする処方です。
五淋散の適応を理解するうえで最重要なのが「証(しょう)」の概念です。同じ頻尿・排尿痛でも、原因が「炎症(熱)」なのか「冷え(寒)」なのかで選ぶ薬が180度変わります。
五淋散の使用目標は「体力中等度あるいはやや低下した人の、慢性に経過した尿路炎症」と定義されています。端的に言えば「急性ではなく、少し長引いている炎症タイプ」の排尿トラブルに適します。具体的な適応疾患と症状は以下の通りです。
膀胱炎・尿道炎については、抗菌薬で急性期の感染が治まったにもかかわらず「なんとなくスッキリしない」慢性化傾向のケースに向いています。重要な臨床的知見として、糖尿病などの基礎疾患がないにもかかわらず尿路感染を繰り返す高齢女性に五淋散を投与したところ、自他覚症状が改善し抗菌薬を必要とする頻度が減少したという報告があります(日本東洋医学会第74回学術総会)。これは慢性再発性膀胱炎における五淋散の予防的役割を示す重要な知見です。
前立腺炎・前立腺肥大については、慢性前立腺炎に伴う頻尿・排尿困難・残尿感に応用されます。ただし高熱を伴う急性前立腺炎は抗菌薬を優先し、冷えを伴う場合は八味地黄丸(7番)を検討します。
尿路結石については、五淋散に含まれる山梔子と沢瀉に結石形成を抑制する実験的な報告があります。小さな結石の排石を促しながら、血尿や疼痛を緩和する目的で使用されます。
過活動膀胱・神経性頻尿については、明確な感染や結石がない場合でも、中高年女性で「疲れるとトイレが近くなる」「緊張すると尿意を催す」タイプに有効なことがあります。漢方的に「労淋」「気淋」と分類されるケースです。茯苓の精神安定作用が膀胱過敏を和らげると考えられています。
五淋散(ツムラ56番):ゴリンサンの効果・適応症(長崎クリニック浜町漢方外来)— 疾患ごとの詳細な使い方が参照できます。
泌尿器系の漢方処方で最も混乱しやすいのがこの「四大処方の使い分け」です。これは使えそうですね。虚実の軸で整理すると、かなりすっきり理解できます。
臨床で広く参照されている整理法では、虚実(病態の強さ)を横軸にとった場合、最も「虚(体力が低い)」のケースには清心蓮子飲(111番)が、虚〜虚実間には猪苓湯(40番)が、虚実間〜実には五淋散(56番)が、最も「実(体力・炎症が強い)」ケースには竜胆瀉肝湯(76番)が適応となります(m3.com「膀胱炎四大処方の使い分け」2025年8月)。
| 処方名(番号) | 虚実 | 典型的な患者像 | 特徴的な症状 |
|---|---|---|---|
| 清心蓮子飲(111) | 虚 | 疲れやすく倦怠感が強い高齢者・神経質な人 | 口渇・軽い炎症・残尿感 |
| 猪苓湯(40) | 虚〜虚実間 | 口渇が強く体の水分が不足気味の人 | 口渇・血尿・尿量減少 |
| 五淋散(56) | 虚実間〜実 | 慢性化した尿路炎症・体力中等度以上 | 尿の濁り・膿・慢性の排尿痛 |
| 竜胆瀉肝湯(76) | 実 | 炎症が激しく体力があるのぼせ気味の人 | 激しい下腹部痛・黄濁尿・急性炎症 |
猪苓湯との比較で特に重要なポイントを補足します。猪苓湯は阿膠(アキョウ)というゼラチン質の生薬を含み、体の潤いを補いながら止血する点が特徴です。一方、五淋散は猪苓湯では十分に改善しない慢性例や、尿の濁り・膿などより強い炎症所見があるケースに用います。「猪苓湯で効かなければ五淋散」という臨床的な流れを意識しておくと処方判断がスムーズです。
八味地黄丸(7番)との使い分けも混乱しやすい点です。八味地黄丸が選ばれるのは「加齢・腎虚・冷え症を背景とした頻尿・夜間尿」のケースで、体を温める処方です。五淋散とは「冷やす処方」対「温める処方」という関係にあります。同じ前立腺肥大による排尿障害でも、炎症所見があれば五淋散、冷えが主体の高齢男性では八味地黄丸という使い分けが基本です。
五淋散は「穏やかな漢方薬」と思われがちですが、長期投与に潜む重大なリスクを見落とすと患者に深刻な健康被害をもたらします。厳しいところですね。医療従事者として必ず把握しておくべき副作用情報を整理します。
最初に押さえるべきは山梔子(サンシシ)含有による腸間膜静脈硬化症です。2018年2月13日に厚生労働省は添付文書の「重要な基本的注意」に、「サンシシ含有製剤の長期投与(多くは5年以上)により、大腸の色調異常・浮腫・びらん・潰瘍・狭窄を伴う腸間膜静脈硬化症があらわれるおそれがある。長期投与する場合は定期的にCT・大腸内視鏡等の検査を行うことが望ましい」という記載を追加しました(厚生労働省薬生安発0213第4号)。報告症例の92.6%が5年以上、69.5%が10年以上の服用例です。外来で漫然と継続処方している場合は特に要注意です。腹痛・下痢・便秘・便潜血陽性が繰り返し現れたら即座に投与を中止し消化器精査を行うことが原則です。
次に偽アルドステロン症です。五淋散に含まれる甘草(グリチルリチン)が過剰に蓄積することで、低カリウム血症・浮腫・血圧上昇・体重増加を引き起こします。特に高齢者・低身長・低体重・低アルブミン血症・便秘症の患者はリスクが高いとされています。また、フロセミドやトリクロルメチアジドなどの利尿薬と併用するとカリウム排泄が助長されるため、これらを服用中の患者への処方時は血清カリウム値のモニタリングが必須です。重症化するとミオパシー(筋力低下・脱力)に進展します。甘草を含む他の漢方薬(例:芍薬甘草湯68番など)との重複処方にも注意が必要です。
間質性肺炎については漢方薬全般に言えることですが、発熱・乾性咳嗽・息切れ・肺音異常が出現した場合は直ちに服用を中止し、胸部X線・胸部CTで確認します。
消化器症状(食欲不振・胃部不快感・悪心・下痢)は地黄の影響で生じやすく、もともと胃腸が虚弱な患者や「証が合っていない」場合に現れます。五淋散を投与するのは基本的に体力中等度以上の患者ですが、元来の胃腸の弱さも事前に確認しておくことが条件です。
禁忌に該当する患者は、アルドステロン症・ミオパシー・低カリウム血症の3つです。これは基本です。これらの基礎疾患を持つ患者への処方は絶対に避けてください。
厚生労働省:サンシシ含有製剤の「使用上の注意」改訂について(平成30年2月13日)— 腸間膜静脈硬化症リスクに関する公式通知の原文が確認できます。
ツムラ医療関係者向けサイト:偽アルドステロン症 — 早期発見のポイントや注意すべき患者背景を詳しく解説しています。
五淋散を「膀胱炎の漢方」として幅広く使ってしまう実臨床上の落とし穴を解説します。これは意外ですね。五淋散は「慢性化した尿路炎症」向けの処方であり、急性期への単独投与は必ずしも適切ではありません。
m3.com(2025年7月掲載)の専門記事によると、「尿路系の細菌感染に対する抗菌効果は抗菌薬に勝るものはなく、急性期の膀胱炎治療に対しては抗菌薬の使用が最優先」と明記されています。五淋散の役割が輝くのは、①抗菌薬後の残遺症状の緩和、②慢性再発性膀胱炎の予防的投与、③非細菌性の尿路炎症(過活動膀胱・慢性前立腺炎・尿管結石後の症状)への対応、という3つの場面です。
さらに、急性症状が強い場合(激しい下腹部痛・高熱・膿尿が顕著)には五淋散よりも竜胆瀉肝湯(76番)の方が清熱力が強く、炎症急性期に適しています。五淋散を急性期に使うと清熱作用が不十分で症状改善が遅れる可能性があり、場合によっては「効かない漢方薬」という誤った印象を患者に与えてしまいます。
また、処方する際には証の確認として「冷えの有無」が重要です。五淋散は清熱(体を冷やす)薬ですから、もともと冷えが強く手足が冷たい虚寒タイプの患者に投与すると胃腸症状や倦怠感が悪化することがあります。冷えを伴う尿トラブルには八味地黄丸(7番)や牛車腎気丸など「温補腎陽」の処方を検討するのが基本です。
もう一点の盲点は、複数の漢方薬を同時処方する際の生薬重複です。たとえば五淋散と竜胆瀉肝湯を併用すると黄芩・木通が重複し、予期せぬ副作用リスクが高まります。電子カルテ上で漢方薬の添付文書確認を省略しがちな場面こそ、重複生薬チェックが必要です。ツムラ医療関係者向けサイトには「注意生薬確認ツール」が提供されており、番号を入力するだけで重複リスクを確認できます。日常の処方業務に組み込んでおくと効率的です。
五淋散(ゴリンサン):ツムラ56番の効能・効果・副作用(漢方・ウェルネス医学研究センター)— 生薬別の作用機序と臨床使用上のポイントを詳しく解説しています。