グラクティブとジャヌビアを別々に処方すると、患者が1日200mgのシタグリプチンを服用してしまう危険があります。
グラクティブとジャヌビアを「違う薬」と認識している医師は、実は一定数存在します。これは医療現場における重大なリスクの温床となっています。
まず基本から整理します。グラクティブ(GLACTIV)は小野薬品工業が販売するDPP-4阻害薬で、ジャヌビア(JANUVIA)はMSDが販売しています。両薬剤は2009年12月に同時発売された「併売品」であり、有効成分・添加物・効能効果・副作用・用法用量はまったく同一です。つまり、同一成分の薬を2社が異なるブランド名で販売しているに過ぎません。
名前の由来も興味深いです。ジャヌビアは「JANUS(二つの顔を持つ神)」と「via(道)」を組み合わせた造語で、グラクティブは「GLP-1の活性(activity)を保持する」という薬理作用から命名されています。二つの名前が存在する背景には、MSDと小野薬品工業の共同開発・共同販売という事業構造があります。
| 比較項目 | ジャヌビア | グラクティブ |
|---|---|---|
| 製造販売会社 | MSD株式会社 | 小野薬品工業株式会社 |
| 一般名(成分名) | シタグリプチンリン酸塩水和物 | |
| 規格 | 12.5mg・25mg・50mg・100mg | |
| 効能効果 | 2型糖尿病 | |
| 薬価(50mg/1錠) | 82.1円 | 85.2円 |
| 薬価(100mg/1錠) | 119.5円 | 123.8円 |
| 錠剤の刻印 | MSD社名を含む識別コード | 小野薬品社名を含む識別コード |
薬価には若干の差があります。グラクティブはジャヌビアより1〜4.3円/錠ほど高めに設定されています。ただし、臨床的な使い分けの根拠にはなりません。どちらを選択するかは、各医療機関の採用薬の状況や医師・患者の馴染みによるところが大きいです。
薬価が基本です。患者の3割負担でジャヌビア50mgを1日1回30日分処方した場合の薬剤費自己負担額は約738円。グラクティブなら約768円となり、長期服用でも年間に換算すると数百円程度の差しかありません。
参考情報として、医薬品の識別コードや添付文書の詳細は以下で確認できます。
MSD Connect:ジャヌビア 禁忌・効能効果・用法用量(公式情報)
シタグリプチンがどのように血糖を下げるのか、メカニズムの理解は服薬指導にも直結します。
食事を摂ると、小腸からインクレチン(GLP-1・GIPなど)が分泌されます。インクレチンは膵β細胞に作用してインスリン分泌を促し、さらに膵α細胞からのグルカゴン分泌を抑制します。ところが、インクレチンは体内に存在するDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)という酵素によって速やかに分解されてしまい、実際に作用できる量はごくわずかです。半減期は数分程度しかありません。
シタグリプチンはこのDPP-4を選択的に阻害します。その結果、インクレチンが分解されずに長く作用できるようになり、インスリン分泌が増強されます。重要なのは「血糖依存性」に働く点です。血糖値が高いときだけインスリン分泌が促されるため、空腹時に単独で使用した場合の低血糖リスクは低く抑えられます。
シタグリプチンは2006年にメキシコで世界初のDPP-4阻害薬として承認を受け、その後134の国と地域で承認されました(2018年6月時点)。日本では2009年10月に承認を取得しています。
作用の特徴をまとめると以下の通りです。
つまり、インクレチンを守る薬です。この特性が、SU薬などに比べて使いやすいとされる理由です。
投与開始から2週間で有意なHbA1c低下が確認されており、短期的な効果の発現が早いことも特徴の一つです。
参考として、シタグリプチンの作用機序について詳しく解説されている情報はこちらです。
pharmacista:シタグリプチン(ジャヌビア・グラクティブ)作用機序・特徴
腎機能が低下した患者に通常用量50mgをそのまま処方してしまうミスが、実際のヒヤリハット事例として複数報告されています。これが看過できない問題です。
シタグリプチンは腎排泄型の薬剤です。腎機能が低下している患者では薬物の排泄が遅延し、血中濃度が過度に上昇します。そのため、腎機能の程度に応じた用量調節が添付文書で明確に定められています。
| 腎機能の目安(eGFR) | 投与量の目安 |
|---|---|
| eGFR ≧ 45 mL/分/1.73m²(軽度低下〜正常) | 50mg(通常用量)、効果不十分なら100mgまで増量可 |
| eGFR 30〜45未満 mL/分/1.73m²(中等度低下) | 25mg(減量) |
| eGFR 30未満 mL/分/1.73m²(重度低下) | 12.5mg(さらに減量) |
| 透析患者(末期腎不全) | 12.5mg(透析後に投与する場合もあり) |
重度腎機能障害患者(クレアチニンクリアランス30mL/分未満)では、通常用量50mgの1/4量、すなわち12.5mgへの用量調整が必要です。小野薬品工業は2013年に重度腎機能障害患者への投与を可能にする効能拡大を取得しており、このとき12.5mg錠が新たに追加承認されています。
高齢者は特に要注意です。日本人高齢者は年齢とともに腎機能が低下しやすく、外見上「元気そうに見える高齢者」でも実際のeGFRは大きく低下していることがあります。65歳以上の患者に処方する際は、必ず最新の腎機能データを確認することが原則です。
実際のヒヤリハット事例として、腎機能低下患者にグラクティブ50mgが処方開始され、薬剤師が疑義照会によって25mgへ変更させたケースが報告されています。処方設計の際に腎機能のチェックを怠ると、患者に過量投与につながるリスクがあります。腎機能確認が条件です。
電子カルテや調剤システムの中には、eGFR値と処方量の組み合わせに対してアラートを出す機能を持つものがあります。こうしたシステムの設定状況を確認・活用することも、過量投与防止の一つの手段として有効です。
「グラクティブ」と「ジャヌビア」が同時処方されるという、一見あり得ないミスが実際の医療現場で起きています。意外ですね。
実際の事例を紹介します。70歳代の男性患者が他院からA病院の神経内科に転院しました。転院前の他院ではグラクティブ50mgが処方されていましたが、転院後のA病院の医師は「新しい薬に変えよう」とジャヌビア50mgを新規に追加処方してしまいました。その結果、同一成分が1日100mgという上限用量で二剤重複して処方される形になりました。これを発見したのは調剤薬局の薬剤師です。
この事例から見えてくる重複処方の発生構造は以下の通りです。
この問題は決して他人事ではありません。同じ成分の薬が異なるブランド名で存在する「併売品」は日本の医薬品市場に複数存在しており、グラクティブ・ジャヌビアはその代表例です。シタグリプチン以外にも、アムロジピン(アムロジン・ノルバスク)、モンテルカスト(キプレス・シングレア)など多くの併売品があります。
薬剤師として疑義照会すべき場面を整理すると以下の通りです。
疑義照会は保険ではありません。疑義照会によって処方変更が成立した場合、「在宅患者重複投薬・相互作用等防止管理料」を算定できる場合があります(30点または40点)。お薬手帳の確認と丁寧なインタビューが、患者安全を守る最初の砦になります。
ヒヤリハット事例の詳細は薬剤師向けの以下の情報源で確認できます。
リクナビ薬剤師:グラクティブ錠とジャヌビア錠が同時に処方されていた(実際のヒヤリハット事例)
DPP-4阻害薬は低血糖が起きにくいというのは正しいですが、それだけで「安全な薬」と決め込むのは危険です。特に高齢者においては、低血糖以外の重篤な副作用に注意が必要です。
シタグリプチンの添付文書に記載されている重大な副作用のうち、特に見落とされやすいものが「水疱性類天疱瘡」です。DPP-4阻害薬の使用中に、痒みを伴う浮腫性紅斑・水疱・びらんが生じる自己免疫疾患の発症が報告されており、特に65歳以上の高齢者でリスクが高まることが示されています。米国のデータでは、DPP-4阻害薬がSU薬と比較して、65歳以上での水疱性類天疱瘡リスクが1.62倍と報告されています。
日本人患者では、紅斑を伴わない「非炎症型」の類天疱瘡が多く、皮膚症状が軽微に見えて発見が遅れるケースがあります。厳しいところですね。DPP-4阻害薬の投与後に皮膚症状が出現した場合は、速やかに皮膚科医と連携し、投与継続の可否を検討することがPMDAのガイダンスでも求められています。
その他の重大な副作用として、以下のものが添付文書に記載されています。
低血糖に関して補足します。シタグリプチン単独では血糖依存性の作用のため低血糖は起きにくいですが、インスリンやSU薬、グリニド薬との併用では低血糖リスクが増大します。これは特に高齢者の患者で転倒・骨折につながりうる重要なリスクです。
副作用発現を早期に発見するためには、定期的な皮膚観察・腎機能検査・肝機能検査が重要です。特に服薬開始後3〜6ヶ月以内は慎重に観察することが推奨されます。
PMDAが発出しているDPP-4阻害薬と類天疱瘡に関する注意情報はこちらです。
PMDA:DPP-4阻害薬による類天疱瘡への適切な処置について(医療従事者向け)
長らく「後発品なし」とされていたシタグリプチンに、2023年から状況が変わりました。これは処方設計に直接影響する情報です。
2023年8月、サワイグループホールディングス子会社のメディサ新薬が「シタグリプチン錠『サワイ』」の承認を取得しました。有効成分名が先発品の「シタグリプチンリン酸塩水和物」と異なり「シタグリプチンリン酸塩(無水物)」となっていることが特徴です。同年12月から薬価収載・発売開始となっています。
ただし、後発品をめぐっては特許係争が続いていたことも知っておくべきです。MSDとサワイグループは特許侵害訴訟に至りましたが、最終的にサワイ側がMSDの主張を受け入れる形で和解しています。後発品の承認が通常より遅れた背景には、こうした特許問題がありました。
後発品が利用可能になったことで、医療現場では以下のような変化が生じています。
後発品への変更が可能な状況では、患者への丁寧な説明が欠かせません。成分・効果・副作用はジャヌビア・グラクティブと同等であることを伝え、不要な不安を軽減することが薬剤師・医師としての役割です。
なお、後発品が承認されたとはいえ、ジャヌビア・グラクティブの先発品との品質的な違いを正確に把握するためには添付文書の最新情報を参照することが重要です。先発品と後発品の違いは「添加物の組成が異なる場合がある」という点に留まりますが、患者ごとのアレルギー歴等を踏まえた個別判断も求められます。
後発品の薬価・収載情報については以下を参照してください。
note:どうしてジャヌビア/グラクティブの後発品はこの時期に承認されたのか(後発品承認の背景解説)