バターを入れずに作ったスポンジでは、本物のショートケーキは完成しません。
ジェノワーズ(Génoise)という言葉は、フランス語で「ジェノヴァ風の」または「ジェノヴァの女性」を意味します。イタリア北西部の港湾都市ジェノヴァ(Genova)が語源です。
この生地が誕生したのは18世紀のことで、フランスの菓子職人がイタリアのジェノヴァから持ち帰ったレシピをフランス菓子に取り入れたと言われています。以来、フランス菓子(パティスリー)の世界では欠かせない基本生地として定着しました。現在ではショートケーキ、オペラ、ブッシュ・ド・ノエルなど、多くの本格ケーキのベースとして世界中で使われています。
つまり「ジェノワーズ」とは、特定の製法で作るスポンジ生地の名前です。
お菓子のレシピ本を読んでいると「ジェノワーズ」という言葉に出会うことがありますが、「結局スポンジケーキと同じでしょ?」と思って読み飛ばした経験はないでしょうか。実はこの二つには明確な違いがあり、その違いを知っているかどうかで、仕上がりのケーキの品質が大きく変わってきます。
ジェノワーズはフランス菓子の古典的なカテゴリである「ビスキュイ(biscuit)」に属します。ビスキュイとは広義には「スポンジ状の生地」全般を指す言葉で、ジェノワーズはその中でも全卵を使う代表的な製法です。
「スポンジケーキ」と「ジェノワーズ」はほぼ同じものと思われがちですが、製法の面で重要な違いがあります。これが基本です。
一般的に日本でよく作られる「スポンジケーキ」には、卵を卵黄と卵白に分けてそれぞれ泡立てる「別立て法(セパレート法)」が用いられることが多いです。一方、ジェノワーズは全卵(卵黄と卵白を割りほぐした状態)を一緒に泡立てる「共立て法(コモン法)」が用いられます。
| 項目 | ジェノワーズ | 一般的なスポンジ(別立て) |
|---|---|---|
| 泡立て方 | 全卵を共立て | 卵黄・卵白を別々に泡立て |
| バター | 溶かしバターを加える | 入れないことが多い |
| 食感 | しっとり・きめ細かい | ふんわり・軽い |
| 難易度 | やや難しい | 比較的簡単 |
| 代表的なケーキ | ショートケーキ・オペラ | ロールケーキ・シフォン系 |
ジェノワーズのもう一つの大きな特徴は、仕上げに溶かしバターを加える点です。このバターが生地にコクとしっとり感を与え、焼き上がった後もパサつきにくい生地を作ります。バターが入らないスポンジに比べて、シロップをしみこませたときの生地のなじみも格段に良くなります。
意外ですね。バターを加えることで、むしろ食感がしっとりするとは。
また、共立て法は全卵を湯せんで36〜40℃に温めてから泡立てるため、卵が温まることでレシチンの乳化作用が高まり、きめ細かく安定した気泡が作られます。この細かい気泡こそが、ジェノワーズ特有のなめらかな断面を生み出しているのです。
ジェノワーズの材料はシンプルです。卵・砂糖・薄力粉・バターの4つが基本です。
一般的なジェノワーズの配合目安(18cmの丸型1台分)は以下のとおりです。
この比率を覚えておくと、型のサイズが変わっても応用できます。これは使えそうです。
砂糖はグラニュー糖が一般的ですが、上白糖でも代用できます。ただしグラニュー糖のほうがさらっとしていて泡立ちを妨げにくく、仕上がりのきめも整いやすいとされています。バターは必ず無塩タイプを使い、使用直前に湯せんまたは電子レンジで溶かしておきます。
バターの温度管理も重要なポイントです。バターが冷たすぎると生地に混ざりにくく、気泡が潰れる原因になります。溶かしたバターは50〜60℃程度に保ったまま使うのが理想です。
薄力粉は必ずふるいにかけてから使います。ふるうことでダマがなくなり、生地に均一に混ぜ込みやすくなります。小麦粉をふるわずに加えると、混ぜる回数が増えてグルテンが過剰に形成され、生地が締まる原因になります。気泡を潰さないことが条件です。
ジェノワーズを自宅で作るとき、最もよくある失敗は「生地が膨らまない」「焼いたらしぼんだ」「中がベチャっとする」の3つです。それぞれに明確な原因があります。
膨らまない原因は、泡立て不足または泡立てすぎにあります。全卵を湯せんで温めながら泡立てる際、ホイッパーで持ち上げたときにリボン状に落ちて、その跡がゆっくり消える状態(リュバン状)になるまで泡立てることが必要です。この状態になるまで、家庭用ハンドミキサーで約8〜12分かかることが多いです。
焼いた後にしぼむ原因は、薄力粉またはバターを混ぜる段階で気泡を潰しすぎていることが大半です。粉を加えた後はゴムベラを使ってボウルの底から大きくすくいあげるように混ぜます。この混ぜ方が肝心です。回数の目安は粉が見えなくなってから、さらに20〜30回が一般的に推奨されています。
中がベチャっとする原因としては、オーブンの温度が低すぎること、または焼き時間が足りないことが挙げられます。家庭のオーブンはメーカーや機種によって実際の庫内温度がかなり異なります。設定温度170℃でも実際は150℃しか出ていないオーブンも珍しくありません。竹串を中心に刺して何もついてこなければ焼き上がりです。
オーブンの実際の温度を把握するために、オーブン用温度計を一つ持っておくと安心です。1,000〜1,500円程度で購入でき、ジェノワーズだけでなくクッキーやパンにも役立ちます。
ジェノワーズは単体で食べるというより、ケーキのベース(台)として使われることがほとんどです。どういうことでしょうか?
フランス菓子では、ジェノワーズの生地にシロップをしみこませてから使うのが基本です。このシロップを「アンビバージュ(imbibage)」と呼び、グラニュー糖と水を1:1で煮溶かしたものにリキュールや風味付けを加えたものが一般的です。アンビバージュをたっぷりしみこませることで、ジェノワーズの生地はよりしっとりとした口溶けになります。
ジェノワーズを使う代表的なフランス菓子は次のとおりです。
特に興味深いのは、日本のショートケーキとジェノワーズの関係です。日本のショートケーキは大正〜昭和初期に日本人パティシエがフランスのジェノワーズをアレンジして生み出したと言われており、現在もその製法が受け継がれています。つまり、日本のショートケーキのあのふんわりしっとりしたスポンジは、ジェノワーズそのものです。
また、ジェノワーズをアーモンドパウダーと合わせて作る「ジョコンド生地(Joconde)」は、オペラに使われる変形バージョンで、より風味豊かでしなやかな生地になります。この応用レシピを知っておくと、お菓子作りの幅がぐっと広がります。
本格的にジェノワーズを学びたい場合には、製菓の専門書として「ル・コルドン・ブルー」監修のレシピ本や、辻製菓専門学校が監修した教科書的なお菓子本が参考になります。図書館でも借りられることが多く、まず一冊手に取ってみるとよいでしょう。