王林の本名は斉藤じゃない?芸名の由来と意外な真相

タレント・王林の本名は「斉藤」と思われがちですが、実は違います。小学生から使っていた芸名の仕組み、2代目という意外な事実、芸名の由来まで詳しく解説します。あなたは本当のことを知っていましたか?

王林の本名と斉藤という芸名の真相を徹底解説

実は「王林」という芸名は、りんご農家が命名した名前ではなく、社長の独断で決まった名前です。


🍏 この記事でわかること
「斉藤」は本名ではなく芸名

王林さんが小学3年〜中学2年まで使っていた、アルプスおとめ時代の芸名。本人もテレビで「私、斉藤じゃないんですけど」と明確に否定しています。

🎭
「王林」は2代目の芸名

「王林」という名前には先代がいます。りんご娘には歌舞伎のような「世襲制」があり、卒業メンバーの名前を引き継ぐ独特のシステムが存在します。

🍎
本名は今も非公開のまま

芸能活動歴18年以上でも、本名は一切公開されていません。イニシャルが「A.K」という情報はSNSで出回っていますが、公式確認はされていません。


王林の本名が「斉藤」と噂される理由と真相


「王林 本名 斉藤」と検索する人が多いのには、はっきりした理由があります。王林さんは2007年から2013年まで、「アルプスおとめ」というアイドルグループで活動していました。そのときに使っていた芸名がまさに「斉藤」だったのです。


アルプスおとめは、青森のりんご農家を応援するコンセプトのグループです。グループのルールとして、メンバーの芸名には「りんご農家に多い苗字」を使うことになっていました。当時のメンバーは「工藤」「小山内」「鈴木」など、青森の農家に実在する苗字ばかり。王林さんには「斉藤」が割り当てられました。


これが誤解の原因です。


2023年6月放送の「人生最高レストラン」(TBS系)に出演した王林さんは、この芸名を打ち明けました。MCの加藤浩次さんが「あなた、斎藤さん?」と確認すると、王林さんは「私、斎藤じゃないんですけど」とはっきり否定。本名が「斉藤」であるという噂をテレビの場で自ら否定したのです。


さらに、こんな面白いエピソードもあります。小学生だった王林さんは、学校の出席確認で先生が本名を読み上げても、うっかり「斉藤です!」と芸名で返事してしまうことがあったそうです。「本名より斎藤の方が意識上回っちゃって」と本人が笑い話として語っており、当時どれだけ芸名が生活に根付いていたかがわかります。つまり斉藤は本名ではなく、芸名だったということですね。


王林の本名は非公開、イニシャル「A.K」説とは何か

公式プロフィールを確認すると、芸名「王林」以外の本名情報は一切記載されていません。所属事務所「株式会社ボンド」のウェブサイトにも、Wikipediaにも、本名の記載はゼロです。


では、なぜ本名を公開しないのでしょうか?


明確な理由は発表されていませんが、王林さんは9歳(小学3年生)のときから芸能活動を始めています。幼少期から芸名での活動が長期にわたるため、プライバシー保護の観点から公開していないと考えられます。今や全国区のタレントになりましたが、それでも本名は謎のまま。これは意外ですね。


唯一出回っている情報として、一部のSNSで「イニシャルがA.K」という投稿が話題になりました。青森県在住の方が「職場の息子さんが王林さんの同級生で本名を知っている」として公開した情報とされています。ただし、これは公式情報ではなく第三者の証言であるため、信頼性の確認はできていません。


「A.K」から推測される苗字として「工藤(Kudo)」「木村(Kimura)」「川村(Kawamura)」などの説がネット上に出回っていますが、確証はありません。青森県で最も多い苗字が「工藤」であることから、「工藤説」が有力視されることもありますが、これもあくまで推測の域を出ないものです。本名は非公開が原則です。


「王林」という芸名の由来と、実は希望していた別の名前

タレントとして活躍する王林さんの芸名は、りんごの品種「王林(おうりん)」から取られています。1952年(昭和27年)に、福島県で「りんごの中の王様」という意味を込めて命名されたりんごの品種名です。ゴールデンデリシャスと印度をかけ合わせた、甘みが強く酸味の少ない黄緑色のりんごで、青森県を代表する品種のひとつでもあります。


りんご娘のメンバー全員が、このようにりんごの品種名を芸名にするルールになっています。


ただし実は、王林さん本人は「王林」という名前を最初から希望していたわけではありませんでした。「彩香(あやか)というりんごの品種名が良かった」と語っており、理由は「人間っぽい名前だったから」とのこと。しかし事務所の社長が「王林」に決めてしまい、王林さんは最初複雑な気持ちを持っていたそうです。


さらに当時、りんごの品種としての「王林」は不作の年が続いていたため、イメージが良くなかったという背景もありました。それでも「自分が頑張って、王林のイメージを良くするしかない」と腹を決め、活動を続けた結果、今では「王林」という名前は彼女自身のブランドになっています。これは使えそうです。


実は2代目だった!りんご娘の世襲制という独特なシステム

「王林」という名前には、先代のメンバーが存在します。りんご娘にはユニークな「世襲制」があり、グループを卒業したメンバーの品種名を、その後に加入する新メンバーが引き継ぐ仕組みになっているのです。これはまるで歌舞伎の襲名制度のようなシステムです。


王林さんは2013年に第7期生としてりんご娘に加入した際、初代「王林」から名前を受け継いだ2代目にあたります。初代王林はその後、こぎん刺し職人として活躍している米山知歩さんです。


この世襲制のシステムが話題になりました。


そして注目すべきは、2022年3月にりんご娘を卒業した際の扱いです。他のメンバーが卒業後に別の芸名や本名で活動を始めたのに対し、王林さんだけは「りんご娘史上初めて、卒業後も芸名を永久使用できる権利」を与えられました。これは彼女がりんご娘の中で最長の在籍期間を誇り、グループへの貢献が特別に認められた証でもあります。


2022年4月からは「株式会社ボンド」に移籍しましたが、引き続き「王林」の名前でソロ活動を展開。2023年11月には「Ourin-王林-」名義で音楽活動もスタートさせました。本人も「今後も王林として青森のためになることを頑張ります」と宣言しており、名前への誇りと覚悟が伝わります。つまり王林という名前は、今やりんごの品種名を超えた彼女自身のアイデンティティです。


Wikipedia:王林(タレント)- 芸名の由来・りんご娘での活動経歴


王林が「斉藤」と呼ばれ続けた6年間の芸能人生と青森への愛

王林さんが「斉藤」として活動していた期間は、2007年から2013年の約6年間です。小学3年生から中学2年生という、人格形成において非常に重要な時期でした。その6年間を芸名「斉藤」として過ごした経験は、彼女の芸能観に大きな影響を与えています。


学校では先生に本名で呼ばれても「斉藤です!」と返事してしまうほど、芸名が自分の一部になっていたと本人が語っています。厳しいところですね。一般の小学生には想像もできないような経験ですが、王林さんはその頃から芸能活動の厳しさと向き合いながら成長してきたのです。


2013年、中学3年生でりんご娘に加入し芸名が「王林」に変わると、今度は全く異なる名前を使いこなすことが求められました。当時は「ようやく斉藤じゃなくなった」という安堵感よりも、希望していた「彩香」ではなく「王林」になったことで複雑な感情もあったと語っています。


それでも王林さんが青森への愛を胸に活動を続けてきたのは、地元・弘前市での生い立ちと切り離せません。現在は東京の芸能事務所に所属しながらも、青森県内に在住し続けています。「なまりを消すぐらいなら女優はやりたくない」という発言が、彼女の青森愛の本質を表しています。


2024年には青森中央学院大学アンバサダー、青森ねぶた祭アンバサダーにも就任。バラエティ番組では「ヒルナンデス!」(日本テレビ系)の金曜レギュラーとして全国区の顔となりながら、変わらず青森を拠点に活動を続けています。斉藤時代からの6年間があったから、今の王林さんがいるということですね。




























期間 芸名 所属グループ 年齢
2007〜2013年 斉藤 アルプスおとめ 9歳〜14歳
2013〜2022年 王林(2代目) りんご娘 15歳〜24歳
2022年〜現在 王林 ソロ(芸名永久使用) 24歳〜




王林さんの歩みを振り返ると、「斉藤」という芸名は単なる過去のエピソードではなく、今の彼女のベースとなった芸能人生の出発点であることがわかります。本名は今も非公開ですが、「王林」という名前がすでに彼女そのものを表す最も本物の名前になっているのかもしれません。


ORICON NEWS:「なまりを消すぐらいなら女優はやりたくない」王林の青森への思い(2022年3月)




青森県産 王林 りんご 家庭用訳あり品 5kg 10kg (5キログラム箱入り(クール便))