普段スーパーで手に取る伊右衛門の緑茶が、実は農薬を大幅に減らした農地で育った茶葉からできているかもしれません。
「再生農業」という言葉を耳にしても、「どこか遠い農家の話でしょ?」と感じる方も多いかもしれません。ところが実際には、毎日の買い物かごに入る飲み物と直接つながっている話です。
再生農業(リジェネラティブ農業)とは、農地の土壌に着目し、その生態系を保護・再生しながら作物を育てる農法のことです。具体的には「カバークロップ(被覆作物)」と呼ばれる植物で農地を覆うことや、耕運機で農地を深く掘り起こす回数を最小限に抑える「不耕起栽培」などが代表的な手法です。
土を深く耕しすぎないことが重要です。
耕運機で農地をガシガシ掘り起こすと、何年もかけて微生物が作り上げた土壌の構造が壊れてしまいます。一方でカバークロップを地表に敷いておくと、風雨で表土が流れることを防ぎ、植物の根や微生物が自然と土を肥やしてくれます。言い換えれば「自然の力を借りて農地を維持する」農法です。
では、なぜサントリーがこれほど力を入れているのでしょうか。答えは、サントリーの事業そのものが「農作物」に依存しているからです。ビールの原料である大麦、お茶の茶葉、コーヒー豆、焼酎の原料となるサツマイモ、バーボンウイスキーの原料となるトウモロコシ…。これらはすべて農地で育つものです。つまり農地が痩せると、サントリーの商品が作れなくなる、という切実なリスクがあります。
サントリーのGHG排出量全体のうち、農業由来のものが約20%を占めるとされています。東京都内に並ぶビルから出るCO2に例えれば、20棟分が農業からのみの排出というイメージです。そのため「2050年までにバリューチェーン全体でGHG排出量を実質ゼロにする」という目標を掲げるサントリーにとって、農業の脱炭素化は避けて通れない課題なのです。
つまり、再生農業は「お酒を作る会社の環境活動」ではなく、「原料を未来に残すための生存戦略」ということですね。
サントリー公式サイト:農家とともに切り拓く「再生農業」の最前線レポート(ケンタッキー州でのトウモロコシ栽培実証の詳細)
サントリーの再生農業の取り組みは、1か所の農地だけの話ではありません。大麦、サツマイモ、コーヒー豆、サトウキビ、緑茶、カシスと、実に幅広い原料の産地で実証実験が進んでいます。
まずイギリスでの大麦栽培について見てみましょう。サントリーはイギリスの麦芽サプライヤー「Muntons(マントン)社」や農業コンサルティング会社と協力し、カバークロップの活用や不耕起栽培を導入した大麦農場を整備しています。この取り組みによって、5年以内に農業由来のGHG排出量を従来比で50%削減することを目標としています。ビール500ml缶1本に使われる大麦の生産で出るCO2が半分になるとしたら、積み重なれば相当な量になります。
次に、国内でも大きな動きがあります。2025年5月、東京農工大学とサントリーが共同で、鹿児島県内の生産者と協力して再生農業の手法によるサツマイモ栽培の実証を開始しました。これは「基腐病(もとぐされびょう)」という病気への対策でもあります。
基腐病は2018年以降に日本で猛威を振るい始め、全国のサツマイモ収穫量を約10%減少させた深刻な病害です。農林水産省の統計でも確認されており、鹿児島県産焼酎にとって特に影響が大きい問題でした。サントリーの焼酎「薩摩白波」などの原料に直結する問題です。
この実証では緑肥(収穫せずそのまま土にすき込む植物)とバイオ炭(バイオマス由来の炭化物)を土壌に加えることで、土壌の健全性を回復させ、病害への耐性を持たせることを目指しています。これは健康な人間が風邪をひきにくいのと同じ理屈で、土が元気なら作物も病気になりにくいという考え方です。
化学肥料50%削減が条件です。
この実証では緑肥やバイオ炭の使用により、従来の農法と比べて化学肥料の使用量が50%程度減ることが期待されており、GHG排出量は30%以上削減できる見込みです。実証期間は2027年末までの約3年間が予定されています。
さらに2025年12月には、サントリーが国際環境団体「コンサベーション・インターナショナル」と共同で、コロンビアのコーヒー豆産地においても再生農業の実証を開始することが発表されました。コロンビアの計180軒の農家を対象に、コーヒー豆の果肉・果皮由来の有機肥料を活用した農法へと移行を支援する取り組みです。2026年から約2年間の実証が予定されています。
いいことですね。
これらの動きは単なる環境アピールではなく、サプライチェーン全体の安定調達と脱炭素を同時に進める実践的な戦略として注目されています。
PRTimes:サントリーとコンサベーション・インターナショナル、コロンビアで再生農業実証開始(コーヒー豆180農家への取り組み内容)
再生農業の手法を少し詳しく理解しておくと、スーパーでの買い物の見方も変わってきます。二つのキーワード「カバークロップ」と「不耕起栽培」を押さえておきましょう。
カバークロップとは、主作物(大麦やトウモロコシなど)を育てていない期間に、土の表面を覆うように栽培する植物のことです。麦類やマメ科植物がよく使われます。このカバークロップには複数の役割があります。まず、風雨による表土の流出を防ぐことで、長年かけて肥沃になった土壌を守ります。次に、植物の根が土の中に有機物を供給し、微生物の活動を活発にして土を豊かにします。特にマメ科の植物は根粒菌の働きで空気中の窒素を土壌に固定する性質があり、化学的な窒素肥料の代わりとして機能するのです。
不耕起栽培とは、農地をできる限り掘り起こさずに作物を育てる農法です。これが意外と重要です。
トラクターで土を深く耕すと、土の中に蓄積されていた炭素(有機炭素)が空気に触れてCO2として大気中に放出されます。また、土壌の構造を支えている微生物のネットワークや菌類の菌糸(菌根菌)が物理的に壊れてしまいます。不耕起栽培ではこれを最小限に抑えることで、土壌の炭素を土の中にとどめておく効果があります。
つまり「土に炭素を貯める」という考え方ですね。
化学肥料の代わりに使われるカバークロップや有機肥料を活用することで、亜酸化窒素(N2O)の発生量も大幅に減らせます。亜酸化窒素は化学肥料(窒素肥料)が土に残ると発生するガスで、温室効果はCO2の約300倍とも言われています。日本経済新聞(2024年)でも「農業の不都合な真実」として窒素肥料と亜酸化窒素の問題が取り上げられています。これを削減するインパクトは非常に大きいです。
サントリーがアメリカ・ケンタッキー州のトウモロコシ農家に対して実施している再生農業支援では、農学士(アグロノミスト)と呼ばれる農業の専門家が農家の元に足を運び、それぞれの農地の土壌をサンプリング・分析した上で、その土地に合ったカバークロップの種類を選んで実証しています。一律の正解があるのではなく、農地ごとの土質・気候に合わせて手法を選んでいく点がポイントです。
農地ごとの対応が基本です。
2023年から始まったこのケンタッキー州の実証では、2年目の2024年には実際にGHG排出量の削減という成果が出始めていると報告されています。農家の側からも「代々受け継いできた土地を子や孫の代まで残したい」という声が寄せられており、企業と農家が同じ方向を向いた取り組みになっています。
エコリク:東京農工大学とサントリーの再生農業実証の詳細解説(緑肥・バイオ炭の効果と仕組みをわかりやすく解説)
「環境のための農業」と聞くと、どこか遠い話に感じるかもしれません。しかし再生農業は、毎日の食品の「安全性」や「価格の安定」にも関係している点で、家庭の買い物を担う方々にとって実は無視できない話です。
まず農薬・化学肥料の削減というポイントです。再生農業では化学肥料の使用量を従来比で50%程度削減することを目標にしており、農薬の使用量も同様に抑えられます。化学肥料や農薬を多用することで起きるリスクのひとつが、農産物への残留です。日本の食品安全基準では残留農薬の基準値が設けられており、基本的には安全な範囲内に管理されていますが、使用量が少ないに越したことはないと考える消費者も多いでしょう。
農薬が減るのはメリットですね。
次に「食品の価格」との関係です。気候変動が進むと、農作物の収穫量が減少し、食品の価格が上がるリスクがあります。化学肥料は石油を原料に製造されるものが多く、国際的な原油価格の変動にそのまま影響を受けます。実際に2022年にはロシア・ウクライナ情勢などで化学肥料の原料価格が急騰し、国内農家にも深刻な影響を与えました。再生農業は「化学肥料への依存度を下げる」ことで、こうした価格変動リスクを農家が緩和できる農法でもあります。
土が肥沃になり農家の経営が安定すれば、長期的には食品の安定供給と価格の安定につながります。これは結果として、家庭の食費の変動リスクを下げることにもなります。
さらに「商品の品質」という観点からも見逃せない要素があります。サントリーは「天然水の森」と呼ばれる活動を通じて、商品に使用する水の水源になる森を自社で管理しています。再生農業も同じ発想で、原料となる農地の土壌の健全性を守ることが、最終的に「おいしい商品」につながると考えています。
消費者としてできることは選ぶことだけです。
サントリーの取り組みに共感するなら、まず「どんな企業の商品を選ぶか」という視点を買い物に取り入れるところから始めることができます。環境への取り組みを公開している企業のサステナビリティページを見てみるのも、短時間でできる一歩です。
サントリーグループ サステナブル調達ページ:大麦・緑茶・カシス・コーヒーなど各原料ごとの取り組み一覧
ここからは、あまり語られていない少し独自な視点をお伝えします。
再生農業は「農家とサントリーだけの話」のように見えて、実は消費者である私たちの「購買行動」がドライバーになっているという構造があります。
サントリーのようなメーカーが農家に対して再生農業への移行を促す際、農家にとって最大のリスクは「慣れ親しんだ農法を変えることで収穫量が一時的に下がるかもしれない」という不安です。そのリスクをサントリーが技術支援・資金提供・アグロノミスト派遣という形で農家と一緒に引き受けることで、移行を可能にしています。
では、なぜサントリーがここまでコストをかけるのかというと、それは「消費者が環境配慮型の商品を選ぶようになっている」という市場の変化があるからです。グローバルでサステナブルな商品を選ぶ消費者が増えており、ESG(環境・社会・ガバナンス)への対応は企業の信頼性評価に直結します。主婦を含む生活者の購買行動が、間接的に農地の農法を変える力を持っているとも言えます。
これは使えそうです。
さらに、2022年にサントリーは日本企業として初めて「SAI(Sustainable Agriculture Initiative)プラットフォーム」という国際農業団体に加盟しました。この組織は持続可能な農業を目指す食品メーカーが集まる国際的な枠組みで、グローバルで通用する農業基準を設定しています。日本企業として初の加盟という点は、国際的なサプライチェーンの中での調達基準が年々厳しくなっている流れを背景にしています。
明治ホールディングスのESGミーティング(2025年2月)では、「JAFAS(Japan Food & Agriculture Summit)」という新しい取り組みをサントリーと明治グループがリードしているという発言がありました。日本の食品大手が横断的に再生農業の普及を進める動きは今後も続くと考えられます。
日本の食品業界全体が動き始めているということですね。
スーパーに行ったとき、商品パッケージに書かれた「環境への取り組み」の文字を以前よりも少し立ち止まって読んでみることが、実は農地の土壌を守る小さな一歩になるかもしれません。再生農業は「農家がやること」でありながら、消費者の意識と選択が後押しする、社会全体の仕組みとして機能しています。
サントリー公式:#再生農業 トピックス一覧(大麦・サツマイモ・コーヒーなど各原料での最新の実証事例まとめ)
東京農工大学プレスリリース:東京農工大学とサントリーによるサツマイモ再生農業実証の公式発表(研究体制・技術内容の詳細)