「アジテーションを抑えるには薬が最優先」と思っていたら、それで転倒骨折リスクが高まるかもしれません。
医療の現場で「アジテーション」という言葉を耳にする機会は多いですが、その定義を正確に説明できる人は意外と少ないものです。
まず言葉の出発点として、agitationは英語で「かき混ぜること・動揺・扇動」を意味します。政治・社会的な文脈では大衆を感情的に煽って行動させることを指しますが、医療領域では全く別の意味で使われます。
医学用語としてのアジテーションとは、認知症などを背景とする行動障害の一形態です。2023年に国際老年精神医学会(IPA)は「アジテーションとは、情動的苦痛を伴う過活動や攻撃的言動を特徴とし、通常の行動からの劇的な変化を示し、過剰な苦痛や生活での支障をもたらす症状」と再定義しました。つまり定義が近年アップデートされているということですね。
具体的な症状としては以下のようなものが含まれます。
- 🚶 落ち着きのなさ・目的なく歩き回る(焦燥感)
- 💬 暴言・悪態・叫び声(言語的攻撃)
- 👊 たたく・蹴る・物を投げる・噛む(身体的攻撃)
- 🔁 同じ動作・質問を何度も繰り返す(反復行動)
そしてこれらの症状が、患者の日常生活・社会生活・人間関係のいずれかに支障をきたしている状態と定義されています。単なる「落ち着きのなさ」では足りないということです。
BPSDとの違いについても整理しておきましょう。BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:認知症の行動・心理症状)は、徘徊・妄想・不潔行為・不安・抑うつ・睡眠障害など、認知症に伴うあらゆる行動・心理症状の総称です。アジテーションはBPSDの一部であり、特に「活動亢進と攻撃的言動」に焦点を当てた概念といえます。
不穏(agitation;restlessness)は、看護領域で使われる言葉で「患者が不安げで落ち着きがなく興奮する状態」全般を指します。不穏はより広い概念であり、せん妄に伴うものも含まれます。一方、アジテーションは認知症との関連性を前提とした文脈で使われることが多いです。
せん妄は意識の障害という点が本質であり、注意・記憶・思考力の低下に加えて、夕方から夜間に症状が悪化するという時間的パターンが特徴です。結論は「アジテーション<BPSD<不穏」の包含関係で整理するのが基本です。
鳥取県公式:アルツハイマー型認知症の困った症状(アジテーション)について、BPSDとの関係や新薬情報が詳しく解説されています。
アジテーションはどれくらい頻繁に起こるものなのでしょうか。
アルツハイマー型認知症の患者において、アジテーション症状は約半数(50%)で認められると報告されています。これは決して稀なケースではなく、認知症ケアの現場では日常的に遭遇する可能性が高い症状です。意外ですね。
さらに見過ごせない事実として、アジテーションは施設入所の大きな引き金になっています。認知症患者を介護している家族が施設入居を決断した理由として「認知症の症状」を挙げた割合は46%にのぼり、その代表的な症状の一つがアジテーションです。周囲の介護者に身体的危険が及んだり、在宅介護が限界に達したりするケースが後を絶ちません。
アジテーションが起こりやすい場面・背景には、以下のような要因があります。
| 要因の種類 | 具体例 |
|---|---|
| 環境的要因 | 入院・施設転居などの環境変化、騒音、照明の変化 |
| 身体的要因 | 疼痛、発熱、便秘、尿閉、脱水 |
| 心理的要因 | 不安、恐怖、コミュニケーションの挫折感 |
| 薬剤性要因 | ステロイド、抗コリン薬などの副作用 |
| せん妄の合併 | 意識の変容・見当識障害による混乱 |
注目すべき点として、男性介護者の存在がアジテーション症状の発生率の低下と関連するという研究報告があります(CareNet 2025年11月)。女性よりも男性のほうがケアに際して感情的反応が少なく、患者を刺激しにくい可能性が示唆されています。これは使えそうです。
また、アジテーションは1日の中でも夕方から夜間にかけて悪化する傾向があります。これはいわゆる「サンダウニング(夕暮れ症候群)」と呼ばれる現象と重なっており、夜勤帯の看護師やケアスタッフが特に対応に困る時間帯です。環境光の変化・疲労の蓄積・概日リズムの乱れが複合的に関与していると考えられています。
CareNet:アルツハイマー病に伴うアジテーションを軽減する修正可能な要因(男性介護者・環境改善など)の最新研究がまとめられています。
症状を正しく評価することが適切なケアへの第一歩です。
アジテーションの評価には、国際的に標準化されたスケールが複数存在します。現場で把握しておくべき代表的なツールを2つ紹介します。
① CMAI(Cohen-Mansfield Agitation Inventory:コーエン・マンスフィールドアジテーション評価票)
CMAIは認知症のBPSD評価において最も広く使われているツールの一つです。攻撃的行動(身体的・言語的)と非攻撃的行動(徘徊・反復行動など)の2軸に分けて評価し、合計22項目を「1(なし)〜7(数回/時間)」の7段階で評価します。総合得点は22〜154点で、点数が高いほどアジテーションの頻度が高いことを意味します。
② Pittsburgh Agitation Scale(PAS)
PASはICUや急性期病棟でも使いやすい、観察に基づいたシンプルな評価ツールです。発声・表情・体の動き・落ち着きのなさを4項目で評価し、重症度を0〜4点で評価します。特に急性期場面や短時間の観察で使いやすいという特徴があります。
評価スケールを使う際に重要なのは「1回の観察で判断しない」ことです。アジテーション症状には時間帯による変動があるため、複数の時間帯で繰り返し評価することが必要です。これが条件です。
現場では、スケールによる数値化と合わせて以下の観察ポイントも重視されています。
- 😤 普段との表情・言動の変化
- 🌙 症状が出やすい時間帯(特に夕方以降)
- 🤕 疼痛・便秘・尿閉などの身体症状の有無
- 💊 薬剤変更の直前・直後かどうか
- 🏥 環境変化(転棟・転院・入院日数)との関連
記録は定型化されたフォーマットに落とし込み、チームで共有することが大切です。アジテーションへの対応は一人の担当者で完結するものではなく、多職種チーム(医師・看護師・薬剤師・作業療法士・精神保健福祉士)が連携する必要があります。チームケアが原則です。
CMAIの概要と評価方法:評価項目の内訳・採点方法が詳しく解説されており、実際の臨床場面で活用できます。
アジテーションへの対応において、最初に試みるべきは薬を使わないアプローチです。
国際ガイドラインでも、緊急性が特に高い場合を除いて非薬物療法が第一選択と位置づけられています。まず行動・心理的な介入を試みて、それが無効あるいは対応困難な場合に薬物療法を検討するという順序が推奨されています。非薬物療法が基本です。
代表的な非薬物療法を以下に整理します。
🎵 音楽療法
患者が若いころから親しんでいた楽曲を使った受動的音楽療法(聴く)や、楽器演奏・歌唱を取り入れた能動的音楽療法があります。長期記憶に保存された音楽の記憶は認知症が進行しても比較的保たれやすく、感情の安定や自発性向上につながると報告されています。ただしエビデンスレベルはC(弱い根拠)とされており、科学的な効果の裏付けは確立途上です。
🧠 現実見当識訓練(リアリティ・オリエンテーション)
日時・場所・人物などの認識を日常的に補うアプローチです。「今日は何月何日ですか?」「今いる場所はどこですか?」などと自然な会話の中で確認・補正を行い、見当識障害による混乱と不安を軽減します。比較的エビデンスが確立されており、アジテーション軽減効果も期待されています。
💆 環境調整
騒音・強い光・雑多な刺激を減らし、患者が落ち着ける空間を整えることは即効性の高い介入です。特に「見慣れたものをそばに置く」「カレンダーや時計を見やすい場所に設置する」「担当スタッフを固定して顔馴染みを作る」などが現場でよく実践されています。
🚶 身体活動・生活リズム整備
日中の散歩や軽い運動を取り入れ、夜間に睡眠が取れるよう概日リズムを整えることが、夕暮れ時のアジテーション予防に直結します。入院・施設環境では意識的に日中の活動量を確保することが重要です。
コミュニケーション上も重要な点があります。BPSDの一例として、認知症の「もの盗られ妄想」に対して「盗っていない」と否定すると、かえって不安が高まりアジテーションが増悪することがあります。肯定も否定もせず、感情に寄り添い一緒に探す・手元に財布を置くなどの工夫が現場では効果的です。
AMED(日本医療研究開発機構):認知症に対する非薬物療法の指針(2024年改訂版)。8種類の非薬物療法のエビデンスがまとめられています。
非薬物療法だけでは対応が難しいケース、または緊急性が高い状況では薬物療法が検討されます。ここが判断の難しいところですね。
2024年9月に登場した新薬:ブレクスピプラゾール(レキサルティ)
2024年9月24日、日本で初めてアルツハイマー型認知症に伴うアジテーション向けの正式な適応を持つ治療薬として、ブレクスピプラゾール(商品名:レキサルティ)が承認・発売されました。それ以前の抗精神病薬はアジテーションへの適応外処方であり、使用には慎重な判断が必要でした。適応取得は大きな前進といえます。
この薬は脳内のセロトニン・ドパミン神経系を調節することでアジテーション症状を軽減します。臨床試験では、プラセボと比較してアジテーション症状スコアの有意な改善が確認されています。
ただし、重要な注意点が複数あります。
- ⚠️ 転倒・骨折リスク:傾眠・起立性低血圧・めまい・ふらつきが生じることがあり、転倒による骨折・外傷に至る恐れがあります。認知症患者は元々転倒リスクが年間70〜80%と高く、これが追加されることは看護上の重大な課題です。
- ⚠️ 死亡リスクの増加:高齢認知症患者への抗精神病薬投与により死亡リスクが増加するという海外報告があり、添付文書にも警告されています。
- ⚠️ 嚥下障害・誤嚥性肺炎:錐体外路症状による食道の運動障害が生じることがあり、特に高齢者では誤嚥性肺炎につながる可能性があります。
- ⚠️ 悪性症候群:発熱・筋硬直・自律神経異常が持続する生命に関わる重篤な副作用です。
看護師としてレキサルティ投与中の患者を担当する際に最低限確認すべきことは、投与前後の転倒リスク評価・嚥下機能の変化・バイタルサインの推移です。転倒リスクに注意すれば大丈夫です。
また、従来の抗精神病薬(クエチアピン・リスペリドンなど)も適応外ながら使用されることがありますが、これらも同様の副作用リスクを持ちます。薬剤師との連携のもと、処方内容と患者の身体状態を常に照合することが、看護師の重要な役割です。
CareNet:レキサルティのアジテーション適応承認に関する最新情報。ブレクスピプラゾールの臨床試験データが確認できます。
認知症学会:BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)。抗精神病薬の死亡・転倒・骨折リスクに関する注意事項が詳述されています。
アジテーションについて語るとき、どうしても「薬をどう使うか」「どう抑制するか」という方向に議論が偏りがちです。しかし、看護師にしかできない役割があります。
アジテーションは、言語能力が低下した認知症患者が唯一表現できる「SOS」のサインである、という視点が重要です。痛みを「痛い」と言えなくなった患者が、体を叩く・大声を出す・徘徊するという形でそれを表現している可能性があります。この視点から捉えると、アジテーションはただ「抑えるべき問題行動」ではなく、「解読すべきメッセージ」として機能します。
看護師は患者の最も近くで長時間関わるため、以下のような「感情の翻訳」が可能な立場にあります。
- 🔍 「叩く行動」→「腹部に不快感があるのでは?(便秘や尿閉の確認)」
- 🔍 「夕方の叫び声」→「夜の恐怖・見当識の乱れを示しているのでは?(照明・環境の調整)」
- 🔍 「繰り返し呼ぶ行動」→「誰かそばにいてほしいというニーズ(タッチングや声かけで対応)」
こうした「なぜ今この行動が出ているのか」を常に問い続けることが、薬物療法の前に行う非薬物的介入の精度を高めます。
またチームアプローチの観点でも、看護師が日々の観察記録の中でアジテーションの出現パターン・誘因・対応結果を具体的に記録・蓄積することで、医師や薬剤師・作業療法士の判断材料として機能します。観察の言語化が鍵です。
さらに近年注目されているのがパーソン・センタード・ケア(Person-Centred Care)の考え方です。これは認知症の人を「疾患を持つ患者」ではなく「個人の歴史・価値観・人格を持つ一個の人間」として尊重するアプローチです。その人が過去に好んでいた音楽・仕事・趣味・人間関係を活かしたケアは、アジテーション予防においても高いエビデンスが積み上げられています。
認知症患者の約半数に生じ、介護施設入所のきっかけになりうるアジテーション。その対応の質は、医療チームの中でも看護師の観察力・コミュニケーション力・記録の精度に大きく依存しています。「抑える」から「読み解く」への発想転換が、患者と家族の生活の質を守る第一歩になります。
看護roo!:パーソン・センタード・ケアと看護師のコミュニケーションスキルがアジテーション(焦燥性興奮)に与える効果についての解説記事。