アサードの味付けは「塩だけ」なのに、日本の焼肉より格段に美味しい理由があります。
アサード(Asado)とは、スペイン語で「焼かれたもの」を意味し、アルゼンチンをはじめとする南米で古くから受け継がれてきたBBQ料理のことです。単純に肉を焼く料理と思われがちですが、その背景には約500年の歴史があります。
起源は16世紀、スペイン人が牛を南米に持ち込んだことに始まります。広大な「パンパ」と呼ばれる大草原で放牧された牛が増え、17〜18世紀には「ガウチョ」と呼ばれる南米のカウボーイたちが、野外で塊肉を薪や炭でシンプルに焼いて食べる習慣を生み出しました。これがアサードの原型です。
19世紀には鉄製の網「パリージャ(parrilla)」が普及し、家庭や都市部でもアサードが楽しまれるようになります。ヨーロッパからの移民の影響でソーセージや野菜なども加わり、現代のスタイルへと進化しました。そして20世紀以降、アサードは週末の恒例行事として完全に定着し、国民のアイデンティティを象徴する食文化となっています。
現地では肉を焼く役割を担う人を「アサドール(asador)」と呼び、その立場はとても重要視されています。ただ肉を焼くだけでなく、炭の管理・火加減・どの部位をいつ焼くかを見極めるリーダー的存在。家族や友人から信頼される人物が任されることが多いのです。これは使える知識ですね。
アルゼンチン国民1人あたりの年間牛肉消費量は約58.5キログラムと、日本(約6キログラム)の実に9倍以上にのぼります(農畜産業振興機構データより)。この数字が、いかにアサードが日常に溶け込んでいるかを物語っています。
参考:アルゼンチン国民1人あたりの牛肉消費量などのデータが確認できます。
アサードの醍醐味のひとつは、部位の多彩さにあります。「牛肉のBBQでしょ?」と思いがちですが、実際には牛だけでなく豚、鶏、羊なども使われ、前菜から主菜まで流れるように提供されます。これが意外なポイントです。
アサードの「食べる順番」にも文化的なルールがあります。まず最初に出てくるのがソーセージ類で、「チョリソ(chorizo)」や「モルシージャ(morcilla)」と呼ばれる血のソーセージが前菜として振る舞われます。次にリブや骨付き肉が続き、メインのステーキへと進む、というのが典型的な流れです。
現地で圧倒的な人気を誇る部位が「ビフェ・デ・チョリソ(Bife de Chorizo)」です。名前に「チョリソ」と付いているため、最初はソーセージの一種かと思われますが、実際には「サーロイン」にあたる部位のこと。片側に脂身がついていて赤身としっかり分かれており、噛めば噛むほど澄んだ肉汁があふれ出す、素朴ながら深い旨みが特徴です。
主な部位と特徴をまとめると以下の通りです。
日本では「チョリソはソーセージ、ビフェはステーキ」と混同しやすいので注意が必要です。部位の名前さえ知っておけば、アルゼンチン料理のレストランでも迷わずオーダーできるようになります。これは使えそうです。
参考:アルゼンチンの牛肉各部位とアサードの詳細を解説しています。
アサードが特別に美味しい理由は、「熾火(おきび)」という焼き方にあります。熾火とは炎が上がらず、炭や薪が薄く灰を纏い赤々と燃えている状態のこと。日本の焼肉のように強火でサッと焼くのではなく、この穏やかな火力で、分厚い塊肉にじっくりと熱を通していくのが本場流です。
焼き時間は、部位や肉の厚みによっても変わりますが、最低でも1時間以上かけるのが基本です。2〜3時間かけることも珍しくありません。時間をかけることで、薪の香りや滴り落ちた肉汁が燻される香りが肉に移り、表面は香ばしく、中はジューシーな仕上がりになります。
焼く道具として使われるのが「パリージャ(parrilla)」と呼ばれる専用の鉄製グリル網です。この網の高さを火から適切に離すことで、温度を均一にコントロールするのが熟練アサドールの技といえます。
本場の焼き方の基本ポイントをまとめると次の通りです。
家庭でアサードを試してみたいなら、炭火BBQグリルを使うのが最も本格的に近づけます。ただしマンションのベランダや室内では炭の使用が難しいケースもありますので、鋳鉄製のグリルパンを使ったフライパン調理でも、ある程度の香ばしさを再現することは可能です。その場合は強めの中火でグリルパンを十分に予熱してから肉を置くのがコツです。
参考:本場アルゼンチンのアサードの焼き方と熾火について詳しく書かれています。
アルゼンチンの「アサード」が教えてくれた、本当に美味しい肉の焼き方 – note
アサードを語るうえで絶対に外せないのが「チミチュリ(chimichurri)」というソースです。「塩だけで食べるんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、チミチュリは肉の邪魔をするのではなく、むしろ肉の旨みを何倍にも引き立てる魔法のソースと言われています。
チミチュリは、パセリ・にんにく・赤ワインビネガー・オリーブオイル・塩をベースに作るシンプルなハーブソースです。酸味が脂をさっぱりとさせ、にんにくの風味が食欲をそそります。脂の少ない赤身肉にかけるとオリーブオイルのまろやかさが加わり、淡白な肉には深みが出る、という万能ぶりも魅力です。
アルゼンチン大使館シェフが伝えたレシピをもとにした基本の材料は次の通りです。
作り方はとてもシンプルです。全材料をボウルに合わせてよく混ぜるだけ。できたてより、冷蔵庫で半日ほど寝かせると味がなじんでさらに美味しくなります。冷蔵保存で約1週間ほど日持ちします。
活用の幅も広いというのがポイントです。牛肉・豚肉・鶏肉はもちろん、魚のムニエルや野菜グリル、さらにはパンに塗っても美味しくいただけます。アルゼンチンではチョリソをパンに挟んだ「チョリパン(choripan)」にチミチュリをかけるのが屋台の定番グルメとなっています。
日本でも「チミチュリソース」として市販品がいくつか販売されており、ハウスギャバンやカルディなどで購入できます。まず市販品で試してみて、好みの味を把握してから自家製に挑戦するのもひとつの方法です。
参考:チミチュリソースの詳細レシピと使い方が掲載されています。
チミチュリ|アルゼンチン料理・ウルグアイ料理 レシピ – e-food.jp
「アサードは屋外BBQでないと無理」と思っている方が多いのですが、実は家庭のキッチンでも十分に楽しめる方法があります。この考え方が大きなデメリット回避につながります。
まずポイントになるのが「肉の選び方」です。スーパーでは「牛サーロイン」「リブロース」の厚切り(2〜3cm以上)を選ぶのが理想的です。現在は2018年からアルゼンチン産牛肉の輸入が解禁されており、専門店や通販サイトで「グラスフェッド(牧草牛)」のアルゼンチン産ビーフを手に入れることも可能になっています。
家庭でのアサード風ステーキのポイントは以下の通りです。
アサードはもともと「集い」の料理なので、週末の家族団らんや、気の合う友人を招いたホームパーティーに最適です。炭火BBQグリルをお持ちであれば、庭やベランダ(使用可能な場合)でより本格的なスタイルに近づけることができます。おすすめは「ウェーバー(Weber)」ブランドのケトルグリルで、炭火の温度管理がしやすく初心者にも扱いやすいと評判です。初期費用はかかりますが、1台あると長く使え、アサードだけでなくさまざまな料理に活用できます。
「本格的なアサードには専用機材が必要」という思い込みも不要です。まずは家庭のグリルパンと岩塩、手作りチミチュリから始めるだけで、普段の食卓が格段に豊かになります。
参考:アルゼンチン産牛肉の輸入解禁の背景と経緯について記載されています。