インクレミンシロップは小児専用薬と決めつけていると、成人患者への適切な対応が遅れてクレームにつながります。
インクレミンシロップ5%(一般名:溶性ピロリン酸第二鉄シロップ)は、経口鉄剤の中で唯一のシロップ製剤です。製造販売元はアルフレッサファーマ株式会社で、薬効分類は「鉄欠乏性貧血治療剤」(分類番号3222)に属します。
添付文書(2023年7月改訂・第1版)の用法用量欄を確認すると、年齢区分は1歳未満・1〜5歳・6〜15歳の3段階しか記載されておらず、成人の用量は明示されていません。これが重要なポイントです。つまり、成人への投与は添付文書の適応外使用に該当します。
| 年齢 | シロップとして(mL) | 鉄として(mg) |
|---|---|---|
| 1歳未満 | 2〜4 | 12〜24 |
| 1〜5歳 | 3〜10 | 18〜60 |
| 6〜15歳 | 10〜15 | 60〜90 |
ただし、添付文書に「成人禁忌」の記載はなく、効能・効果は「鉄欠乏性貧血」とのみ記されています。投与禁忌は「鉄欠乏状態にない患者」のみです。これは重要な区別です。
実臨床では「成人への適応はない」という認識を持ちつつも、個々の患者の状態に応じて処方されるケースが存在します。具体的には、①高齢で嚥下機能が低下しており錠剤・カプセル投与が困難な患者、②他の経口鉄剤(フェロミア錠・フェロ・グラデュメット等)で悪心・胃部不快感などの消化器症状が強く継続できない患者—の2パターンが代表的です。
インクレミンシロップはシロップ製剤であるため胃で溶解する必要がなく、錠剤に比べて胃腸障害が起きにくい特性があります。この薬理的メリットが成人への適応外使用を支持する根拠のひとつとされています。
参考:インクレミンシロップ5% 添付文書情報(KEGG)
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00054091
成人への投与量の根拠として参照できるのが、院内フォーミュラリや鉄剤の適正使用指針です。複数の施設が公開している鉄欠乏性貧血治療フォーミュラリでは、インクレミンシロップ5%を成人に用いる場合、鉄として1日90〜100mgを目安とする記載が確認できます。
1mLあたりの鉄含有量を整理すると計算しやすくなります。
| 表記の種類 | 1mLあたりの量 |
|---|---|
| 製剤(シロップ)として | 1mL |
| 溶性ピロリン酸第二鉄として | 50mg |
| 鉄(Fe)として | 6mg |
鉄として1日100mgを投与したい場合、必要なシロップ量は約17mLになります。鉄として90mgであれば15mL(分3)が目安です。これはコップ1杯(200mL)のおよそ8分の1弱の量に相当します。成人の場合、1回あたりの服用量は5mL前後となることが多く、1日3〜4回に分けて投与するのが原則です。
他の代表的な経口鉄剤との比較を確認しておくことも重要です。
成人患者へ処方する際は、他剤との比較・選択理由を診療録やレセプトコメントに記録しておくことが推奨されます。「フェロミア錠で悪心のため変更」「嚥下障害のためシロップ選択」といった一言が、審査での疑義を防ぎます。
参考:経口鉄欠乏性貧血治療 院内フォーミュラリ(神奈川こども医療センター 薬剤部)
https://nmc.kcho.jp/data/media/sagyou-h/yakuzaibu/2023.04_hinketu.pdf
インクレミンシロップの処方箋には、用量の表記方法が3種類混在しているという特徴があります。これが現場でのヒヤリハットを生む構造的な問題です。
① シロップ製剤量(mL)
② 溶性ピロリン酸第二鉄量(mg)
③ 鉄(Fe)としての量(mg)
この3種類の関係を整理すると下表のようになります。
| 表記 | 5mL(1回量の目安)に相当 |
|---|---|
| シロップとして | 5mL |
| 溶性ピロリン酸第二鉄として | 250mg |
| 鉄として(Fe) | 30mg |
溶性ピロリン酸第二鉄と鉄としての量は最大8.3倍の差があります。これは缶コーヒー1本(185mL)とペットボトル飲料(1.5L)ほどのスケール差に匹敵します。数字の印象だけで判断すると、重大な過少投与・過剰投与が生じます。
2023年に薬局ヒヤリハット事例として共有された実例では、「処方箋に鉄として30mgと記載されていたのを溶性ピロリン酸第二鉄30mgと誤認し、シロップ量を0.6mLと算出した」ケースが報告されています。正しくは鉄として30mg=シロップ5mLです。調製担当者と鑑査担当者の両方が同じ誤認をしたため、家族への確認で初めて気づいたという事例でした。
防止のための実務的な確認ポイントは3つです。
力価換算ミスに注意すれば大丈夫です。処方箋受付時点での表記確認を標準手順に組み込むことが、組織レベルでの再発防止策として有効です。
参考:薬剤師必見「インクレミンシロップ」の用量換算で起きたヒヤリハット(m3.com)
https://pharmacist.m3.com/column/hiyari/6825
成人にインクレミンシロップを処方・調剤する際には、副作用の説明と服薬指導が特に重要になります。添付文書上の副作用発現頻度は「頻度不明」とされていますが、他の鉄剤と同様の消化器症状に注意が必要です。
主な副作用は、悪心・嘔吐・食欲不振・腹痛・下痢・便秘・胃部不快感などの消化器症状です。また皮膚症状として光線過敏症、過敏症として発疹・蕁麻疹・そう痒が報告されています。
成人患者に特有の服薬指導のポイントを整理します。
また、味の問題も成人患者のアドヒアランスに関わります。インクレミンシロップはチェリー(さくらんぼ)風味ですが、後味がやや残りやすいとされています。りんごジュースに混ぜて飲む方法や、チョコレートアイスと一緒に摂ることで後味が改善されます。これはすぐ実践できる情報です。
参考:インクレミンシロップの服薬指導ポイント(ファルマスタッフ)
https://www.38-8931.com/pharma-labo/okusuri-qa/skillup/di_skill030.php
成人患者は複数の薬を併用していることが多く、相互作用の確認は子どもの場合以上に重要です。インクレミンシロップには複数の併用注意薬があります。
緑茶・紅茶・コーヒーなどタンニン酸を含む飲料との併用については、臨床的に貧血改善効果への影響は乏しいとされています。ただし歯の着色が起きやすくなる可能性があるため、気になる患者にはタンニンを含まない飲料での服用を勧めるとよいでしょう。
保存方法も重要な情報です。インクレミンシロップは光により変色します。光に当たる場所に置くと薄黒色に変化するため、遮光保存が必須です。家庭での保管指導として、アルミホイルを容器に巻いておく方法が実用的です。冷蔵保存は可能ですが、0℃を下回るとD-ソルビトールの結晶が析出するため、冷蔵庫の扉側など温度が安定した場所を勧めます。単シロップで希釈した場合は冷蔵保存で30日間安定です。
治療期間については、ヘモグロビン値が正常化(成人女性では12g/dL以上が目安)した後も、貯蔵鉄(フェリチン)を補充するためにさらに2〜3か月の継続服用が原則です。つまり、症状が改善しても自己判断で中止しないよう患者教育が重要になります。治療終了後は数か月以内に血液再検を行い、フェリチン値の正常化(25ng/mL以上が目安)を確認する流れが推奨されています。
参考:くすりのしおり インクレミンシロップ5%(日本製薬工業協会 RAD-AR)
https://www.rad-ar.or.jp/siori/search/result?n=13066