アブラナ科に属する野菜には、それぞれ異なるタイプのイソチオシアネートが含まれています。ブロッコリーに含まれるスルフォラファンは解毒酵素を誘導して発がん性物質を無毒化する効果が認められており、健康食材として注目されています。一方、わさびに含まれるアリルイソチオシアネートはより強い揮発性を持ち、常温でもゆっくり気化する性質があるため、鼻や喉への刺激が強くなります。大根の場合は、複数の異なるイソチオシアネートが混合して含まれており、特に辛味大根や辛味の強い品種では含有量が多いという特徴があります。
ダイコンのイソチオシアネート(4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアネート)はアリファティック型と呼ばれ、光合成が行われていない根部に濃集する傾向があるため、青首大根の白い部分から下の方をおろした場合に最も辛味が強くなります。この部位特異性を理解することで、アレルギー反応を起こしやすい人が避けるべき部位を特定できます。キャベツも同じくアブラナ科ですが、ダイコンやわさびと比べるとイソチオシアネート含有量が少なく、加熱調理が一般的なため、アレルギー反応の報告例は比較的少なくなっています。
イソチオシアネートによるアレルギー反応は、摂取後すぐに起こる即時型反応が多く、特に生の状態で摂取した際に症状が強い傾向にあります。主な症状としては、口腔内のかゆみや焼けるような感覚があります。これはイソチオシアネートが口腔内粘膜に直接接触することによる刺激性反応です。次に喉や食道の違和感が生じ、軽度の場合は「イガイガ」感で済みますが、症状が強い場合には飲み込みが困難になることもあります。
胃や腸の不快感は、イソチオシアネートが消化管に到達することで起こります。症状としては胃部の圧迫感、膨満感、軽い下痢などが報告されています。ブロッコリースプラウトを過剰摂取した事例では、吐き気や胃痛が報告されています。一部の症例では、アブラナ科植物に対する食物アレルギーがある人が、ある食材では反応しないにもかかわらず、別の食材では強く反応することが知られています。これはイソチオシアネート含有量の差、調理加工による変化、あるいは他の抗原性物質の存在による複合的な要因が関係していると考えられています。
症状が持続せず1時間以内に軽快するのが一般的ですが、体調や個人の感受性によって持続時間が異なります。
イソチオシアネートアレルギーがある場合、最も安全な対策は該当する食材の生食を避けることです。加熱調理により、イソチオシアネートの大部分は分解されるため、症状が大幅に軽くなるか消失することが多いです。ブロッコリーの場合は、電子レンジで3~5分程度加熱するか、沸騰したお湯で2~3分茹でることで、スルフォラファンを含むイソチオシアネート含有量が大幅に減少します。加熱による損失率は成分の種類によって異なりますが、一般的には60~80%減少するとの報告があります。
大根の場合、辛味成分の刺激を避けたい場合は加熱調理が有効です。また、大根の部位を選ぶことも重要で、葉に近い「頭」の部分は通導組織の密度が低く、イソチオシアネート含有量が少ないため、その部分の使用を検討できます。わさびの場合、小量の使用やチューブ型の加工品を選ぶことで、イソチオシアネート摂取量を制限できます。
調理時の工夫として、アブラナ科野菜を長時間加熱すると水溶性の成分が流出するため、スープやシチューなどの煮込み料理でも効果があります。また、酢漬けなどの酸性環境では、イソチオシアネートの反応性が低下する可能性があり、ピクルスなどの加工製品の方が反応が軽い場合があります。冷凍野菜はブランチング(軽加熱)を経ているため、生鮮品よりもイソチオシアネート含有量が低くなっています。
症状が出現した直後は、まずうがいを行い、イソチオシアネート成分を口腔内から物理的に除去することが重要です。温水でのうがいが効果的で、この処置により口腔内刺激の症状は通常数分で軽快します。喉の違和感がある場合は、水分摂取により粘膜刺激を緩和できます。冷たい飲物よりも常温か温かい飲物の方が粘膜への負担が少なくなります。
胃腸症状がある場合は、消化がよく刺激の少ない食事を心がけ、次の食事までしばらく時間を置くことが一般的な対応です。症状が1時間以上続く場合や、呼吸困難などの重篤な症状がある場合は医療機関への相談が必要です。ただし、過去のアブラナ科植物摂取での反応が軽度であった場合、イソチオシアネート反応が基本的に自限的(自然に軽快する)であることから、強く懸念する必要はありません。
アレルギー反応の再発防止のため、医療機関で食物アレルギー検査を受けることで、具体的な反応対象物質を特定できます。血液検査(IgE検査)やパッチテストなどで、アブラナ科植物全体に対する反応か、特定の野菜のみか、あるいは特定の加工形態のみか判断することが可能です。
食事由来のイソチオシアネート(ITC)による反応と、職業的なイソシアネート曝露による反応の混同が起こることがあります。職業環境でのイソシアネート曝露(ポリウレタン産業など)は重篤な肺疾患や接触皮膚炎を引き起こす可能性があり、これは食品成分とは全く異なる深刻度を持つ事象です。一方、食品由来のイソチオシアネート反応は一過性で可逆的であり、その物質を避けることで完全に予防できます。
日常生活での対策としては、症状が軽度な場合は単に生の該当食材を避け、加熱調理品や他の野菜で栄養を補充することで問題ありません。アブラナ科以外の野菜(ニンジン、ホウレンソウ、トマトなど)でも栄養価が高いため、多様な野菜摂取によって栄養バランスを保つことは容易です。ただし、スルフォラファンなどのイソチオシアネートの特有な健康効果(解毒酵素誘導、抗炎症作用)を期待したい場合は、症状が強い場合を除き、加熱調理や用量調整により安全な摂取が可能な場合があります。
医師の指導を受けながら、個別の耐性試験を行うことで、摂取可能な形態(加熱度合い、部位、用量など)を特定することも有用です。症状が重度で医学的な介入が必要と判断される場合は、アレルギー専門医への相談により、減感作療法や薬物療法の検討も可能です。
<参考:国立がん研究センター社会と健康研究センターより、アブラナ科野菜摂取と健康指標の関連性>
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8153.html
<参考:わさび研究所による本わさびのイソチオシアネート成分と健康効果に関する詳細解説>
https://www.wasa-lab.com/wasaken/96/
<参考:栄養学部門による、アブラナ科野菜の機能成分に関する学位論文検索>
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200902248828722399