おかゆだけ続けると、筋肉が5日で9%以上減ります。
「術後はやさしい食事がいちばん」という考えは広く浸透しています。ご家族が手術を受けたとき、「まずはおかゆや汁物から」と用意する方はとても多いですよね。ところが、この「やさしさ」が回復の妨げになっているケースが少なくありません。
腹部手術を受けた患者を対象にした研究(欧州臨床栄養科学アカデミー「European Journal of Clinical Nutrition」掲載)では、術後4日目までの平均タンパク質摂取量はわずか15.6g/日にとどまり、これは国際ガイドライン(ESPEN)が推奨する量の約8分の1だったという結果が報告されています。つまり、必要量を全く摂れていなかったということです。
タンパク質が重要なのです。
傷を治すには、新しい細胞を作るための材料が必要です。その材料こそがタンパク質であり、ビタミンCや亜鉛なども修復を助ける栄養素として欠かせません。これらが足りないと、手術によって受けたダメージが元に戻るのに余分な時間がかかります。
さらに同じ研究では、術後5日間で外側広筋(太ももの筋肉)の断面積が平均9%以上も減少していたことも確認されています。わかりやすく言えば、5日間寝ているだけで太ももの筋肉が約10%近く細くなるイメージです。この筋肉量の低下は回復遅延やQOL低下につながり、高齢の方の場合はサルコペニア(筋肉量の減少症)のリスクも高まります。
これは見逃せないですね。
では具体的にどうすればいいかというと、やわらかい食品の中でもタンパク質を含む食材を意識的に選ぶことが大切です。豆腐、白身魚、卵、ヨーグルト、茶わん蒸しなどは、消化に優しくてタンパク質も確保できる優れた食品です。
「食べやすいもの=やわらかいもの=おかゆ・汁物だけ」という思い込みは、回復の面では逆効果になることを覚えておきましょう。退院後の食事管理が不安な方には、管理栄養士への相談や、術後対応の宅配食サービスを一時的に利用するのも選択肢のひとつです。まず「タンパク質が入っているか」を確認するだけで、回復のペースは大きく変わります。
参考:術後の筋肉量低下とタンパク質・エネルギー摂取不足に関する研究
開腹手術後の筋肉低下は食事が原因?摂取エネルギー量やタンパク質摂取量との関係(スポーツ栄養Web)
「野菜は健康にいいから、術後もたっぷり食べさせたい」という気持ちはよくわかります。ところが、術後早期の腸には特有のリスクがあり、食物繊維の多い食品が「腸閉塞(イレウス)」の引き金になることがあるのです。
腸閉塞は、食べ物の通り道がふさがれてしまう病気です。お腹の手術後は、腸と腸が引っ付く「癒着」が起こりやすく、そこに消化しにくい食品が引っかかると腸閉塞に至ることがあります。
原因になりやすい代表的な食品があります。
特に大腸の手術後は、術後1カ月程度は腸の働きが不安定で癒着しやすいとされています。
意外ですね。
ドライフルーツも注意が必要です。丸のみしてしまうと腸内で水分を吸って膨らみ、腸閉塞の原因になる場合があります。生野菜も腸が狭くなっている部分で引っかかり、腹痛を起こすことがあります。
術後の腸の回復を助けるためには、野菜はよく煮てやわらかくしてから食べること、食物繊維の多い食品はしばらく控えること、そして水分をこまめに摂ってお通じを助けることが原則です。
食事内容の判断が難しいと感じたら、岐阜赤十字病院の栄養課が公開している術後食の献立例(実際のレシピ付き)が参考になります。
参考:術後の腸閉塞リスクと注意すべき食品について
食物と腸の関係 ー腸閉塞(癒着性イレウス)ー(横浜栄共済病院)
胃の手術を受けた方が特に注意しなければならないのが、「ダンピング症候群」です。名前を聞いたことがない方も多いかもしれませんが、実際には術後に多くの患者さんが経験する症状です。
ダンピング症候群とは、胃の容量や機能が変化したことで、食べたものが未消化のまま一気に小腸に流れ込み、動悸・めまい・冷や汗・腹痛・下痢などを引き起こす状態のことです。種類は2つあります。
これを防ぐためには、食べ方の工夫が大切です。
早食いは厳禁です。少量ずつゆっくりよく嚙んで食べること、そして食事中の水分摂取を控えることが基本となります。水分は固形物より腸への移動が速く、ダンピングを悪化させることがあるからです。「ご飯を水で流し込む」のは術後の胃には特に危険です。
食事の回数は、1日3食ではなく1日6回程度の「分割食」に切り替えることが推奨されています(岐阜赤十字病院では食事3回+補食3回の計6回を提供)。1回あたりの量を減らすことで、胃腸への負担を大幅に和らげられます。
後期ダンピングが起きてしまった場合は、あめやジュースなど糖分の高いものを口にして安静にすることで対処できます。手元に飴を置いておくと安心です。
つまり「少量・低速・低糖質」が基本です。
参考:ダンピング症候群の症状・予防・対処法について
ダンピング症候群について(小野薬品 がん情報 一般向け)
「食事の内容」に意識が向きがちですが、じつは術後の回復を左右するもうひとつの重要な要素があります。それが「食後の姿勢」です。
胃の手術後は、胃と食道のつなぎ目の括約筋機能が低下することがあります。その状態で食後すぐに横になると、食べたものや胃酸が食道へ逆流しやすくなります。これが繰り返されると、逆流性食道炎などの合併症につながります。
食後は最低30分、できれば1時間は座ったままでいることが原則です。
椅子にゆったりと背もたれを使って座る、または上半身を高くしてベッドにもたれる形が理想的です。枕だけ高くして寝ても、お腹が圧迫されて逆流しやすくなるため効果がありません。上半身全体をなだらかに起こした姿勢がポイントです。
また、岡山医療センターが公表している術後食の指導資料では、「食後15〜30分は座った姿勢を保つ」ことを明示しています。入院中に指導された方も多いと思いますが、退院後の自宅でも同じルールを守ることが大切です。
実践のコツがあります。
これは無料でできる対処法です。
食後すぐに家事や片付けをしてしまいがちな方も、術後の回復期間中は「食後30分は自分のための休憩時間」と割り切って、きちんと座って過ごす習慣を取り入れてみてください。
参考:食道がん術後の食事・生活指導資料(食後姿勢の保ち方について詳しく掲載)
食道がんの手術を受ける患者さんへ(川崎医科大学附属病院)
水分補給は健康の基本とよく言われます。「こまめに水を飲む」という習慣は、普段の生活では推奨されています。ところが術後の食事においては、「いつ水を飲むか」が非常に重要なポイントになります。
食事中に水やお茶を飲みすぎると、消化液が薄まって消化効率が落ちることがあります。さらに、胃の手術後の方にとっては、食事中に水分を摂ることでダンピング症候群を悪化させるリスクがあるのです。水分は固形物より消化管の通過が速いため、食べ物と一緒に一気に腸へ流れ込み、腸内の浸透圧を急変させてしまいます。
水分補給は「食事と食事の間」が基本です。
日本胃癌学会市民向けパンフレットでも、「食事中の水分は少なめにし、食間にこまめに摂る」ことが明記されています。1回あたりコップ1杯(約200ml)を目安に、食間・夜間に飲むよう心がけましょう。
一方で、水分摂取を極端に減らしすぎるのも問題です。術後は腸の動きを助けるために水分は必要で、特に大腸の手術後は便秘や腸閉塞を防ぐためにも「食間の水分補給」はむしろ積極的に行うべきです。
「水分補給はOK、でも飲むタイミングが大事」ということですね。
整理すると、次のルールを意識するだけでリスクを大きく減らせます。
特に夏場は脱水になりやすいため、食間の水分補給を怠らないようにしましょう。ペットボトルや水筒を手元に置いて、食間のタイミングで意識的に飲む習慣を作るのが実用的です。
参考:術後の食事指導(食事中の水分制限・食間補給の考え方について掲載)
消化管術後食(分割食)について(日本赤十字社 岐阜赤十字病院 栄養課)
手術後、お酒が好きな方ほど「もう少しくらいなら大丈夫かな」と思いがちです。しかし術後のアルコールには、回復を大きく妨げるリスクが明確にあります。
アルコールには血管を拡張させる作用があります。術後の傷口はまだ完全にふさがっていない状態のため、血管が広がると出血リスクが高まります。また、アルコールは腸の粘膜を直接刺激し、炎症を悪化させることもわかっています。
術後1週間は絶対にNGです。
大腸ポリープ切除後のケースを例にとると、多くの医療機関が「術後最低1週間、できれば2週間は禁酒を守ること」を推奨しています。ノンアルコールビールであっても成分が腸を刺激する場合があるため、術後早期は控えるのが安全です。
また、アルコール以外にも「刺激物」には注意が必要です。
国立がん研究センターのパンフレット「手術のあとなに食べる?どう食べる?」においても、「激辛料理・とても塩辛いもの・お酢をそのまま飲む等は控えましょう」と明記されています。
薄味が条件です。
術後3カ月程度は、料理の味付けを普段より薄めにすることを基本スタイルにするのがおすすめです。出汁をしっかりとって旨みを出すことで、薄味でも満足感を得やすくなります。昆布・かつお・煮干しなどの出汁を活用したシンプルな和食が、術後の食事にはもっとも適した調理スタイルといえます。
再開の時期や目安については、必ず担当の医師に確認してから行うようにしてください。焦って再開することで再入院となれば、時間的にも費用的にも大きなロスになります。
参考:術後の食事と飲み物についての注意事項(国立がん研究センター監修)
手術のあとなに食べる?どう食べる?(国立がん研究センター)