野菜をしっかり食べていれば葉酸は十分と思っていませんか?実は食事だけでは推奨量の半分以下しか摂れず、赤ちゃんの神経管閉鎖障害リスクが約70%も上がります。
妊娠中の食事は、単にお母さんの体力を保つためだけではありません。赤ちゃんはお母さんが食べたものを胎盤を通じてほぼ唯一の栄養源として受け取っています。妊娠初期(特に妊娠4〜8週)は、赤ちゃんの脳・脊髄・心臓・手足といった主要な臓器が急速に形成される時期です。つまり、この時期の栄養状態が赤ちゃんの一生の健康の土台を作るといっても過言ではありません。
影響は「大きいです。」では済まない深刻な話でもあります。
世界保健機関(WHO)の報告によれば、妊娠中の栄養不足は低出生体重児(出生時体重2,500g未満)のリスクを高め、低出生体重児は成人後に糖尿病・高血圧・心疾患を発症しやすい傾向があるとされています。これは「バーカー仮説」または「DOHaD仮説(生活習慣病胎児期起源説)」として医学的に広く認知されている理論です。食事の影響は生まれた後だけでなく、数十年後の健康にまで及ぶということですね。
一方で、栄養を過剰に摂り過ぎることも問題です。例えばビタミンAを妊娠初期に過剰摂取すると、赤ちゃんに口蓋裂や耳の奇形などの先天異常が生じるリスクがあると報告されています(日本産科婦人科学会)。バランスが条件です。
特定の栄養素が不足した場合の主なリスクをまとめると、葉酸不足では神経管閉鎖障害、鉄分不足では早産・胎児の脳発達の遅れ、カルシウム不足ではお母さんの骨密度低下と赤ちゃんの骨形成への影響、ヨウ素不足では赤ちゃんの甲状腺機能低下と知能発達への影響が挙げられます。
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」妊婦の栄養素付加量について
妊娠中に特に重視すべき栄養素として「葉酸」「鉄分」「カルシウム」の3つが代表的です。それぞれ不足するリスクが明確なため、厚生労働省も付加量(通常の摂取基準に追加すべき量)を定めています。
まず葉酸について説明します。葉酸はビタミンB群の一種で、赤ちゃんの神経管(脳や脊髄のもとになる部分)の正常な形成に不可欠です。厚生労働省は妊娠を計画している女性・妊娠初期の女性に対し、通常の食事に加えて1日400μg(マイクログラム)のサプリメント摂取を推奨しています。400μgというのは、ほうれん草100g(茹でた状態でコップ約1杯分)からだと約130μg程度しか摂れないため、食事だけで補うのが非常に難しい量です。これは知らないと損する情報です。
次に鉄分です。妊娠中は赤ちゃんへの血液供給と自身の血液量増加のため、非妊娠時に比べ鉄分の必要量が妊娠後期で約2.5倍にも増加します。日本人女性の多くが日常的に鉄分不足状態にあり、妊娠中に貧血になるケースが多いです。貧血が起きると、赤ちゃんへの酸素供給が減り早産・低出生体重のリスクが上がります。鉄分の多い食品としては、赤身の肉・レバー・ひじき・小松菜などが挙げられます。ただしレバーはビタミンAも多いため食べ過ぎに注意が必要です。摂取量の管理が大切です。
カルシウムは1日650mgの付加摂取が推奨されており、牛乳コップ2杯強(200mlで約220mg)をイメージすると分かりやすいです。カルシウムが不足すると赤ちゃんは母体の骨からカルシウムを奪うため、出産後にお母さんの骨密度が著しく低下します。これは将来の骨粗しょう症リスクにつながります。つまりカルシウム不足はお母さん自身にとっても大きなデメリットです。
妊娠中は「食べた方がいいもの」だけでなく、「避けるべきもの」を知ることも同様に重要です。
まず生魚・生肉に含まれるリステリア菌やトキソプラズマは、健康な成人では軽い症状で済むことが多いですが、妊婦が感染すると早産・死産・新生児の脳炎・視力障害を引き起こすことがあります。厚生労働省は妊婦にナチュラルチーズ・生ハム・スモークサーモン・生の肉類を避けるよう注意喚起しています。生ものには気をつけましょう。
次にカフェインです。カフェインは胎盤を通過して赤ちゃんに届きます。WHO(世界保健機関)は妊娠中のカフェイン摂取を1日300mg未満に抑えることを推奨しており、これはコーヒーに換算すると約2杯(1杯約150mg)が上限の目安になります。カフェインを多く摂取すると低出生体重や流産リスクが高まるとされており、コーヒー・紅茶・エナジードリンク・緑茶などからの摂取量を意識することが必要です。緑茶にもカフェインは含まれます。
アルコールは完全に避けるのが原則です。アルコールは胎盤を容易に通過し、赤ちゃんの脳の発育を妨げ「胎児性アルコール症候群(FAS)」を引き起こすリスクがあります。FASは知的障害・顔面奇形・行動障害などを伴う深刻な状態で、「少量なら大丈夫」という科学的根拠は現時点でありません。アルコールはゼロが条件です。
マグロなどの大型魚も注意が必要です。大型魚には食物連鎖により水銀が蓄積しやすく、妊婦が摂り過ぎると赤ちゃんの神経発達に悪影響を及ぼす可能性があります。厚生労働省は本マグロ(クロマグロ)を週80gまで(一般的な寿司2〜3貫分に相当)に制限するよう指導しています。これは意外ですね。
赤ちゃんの脳と目の発達において、DHA(ドコサヘキサエン酸)は非常に重要な役割を果たしています。脳の約40%、目の網膜の約60%がDHAで構成されており、妊娠中から授乳期にかけてのDHA摂取は赤ちゃんの知能・視力発達と密接に関連しています。これは多くの方が見落としがちな点です。
欧州食品安全機関(EFSA)は、妊娠中に1日200mg以上のDHA摂取を推奨しています。これはサバ(中1切れ約80gで約1,500mg)を週2回程度食べることで十分補える量です。サバの缶詰でも同様の効果が期待できるため、調理が手軽という点でも実践しやすい方法です。これは使えそうです。
ただし前述の水銀問題があるため、DHAを摂取する魚の種類と量には注意が必要です。サバ・イワシ・サンマ・アジなどの小型青魚はDHAが豊富かつ水銀蓄積が少ないため妊婦に最適です。一方でマグロやカジキなどの大型魚は水銀リスクがあるため、DHAの供給源として積極的に選ぶのは避けた方が無難です。小型青魚を選ぶのが基本です。
DHAをどうしても食事で摂れない場合は、精製されたDHAサプリメントを利用する方法もあります。選ぶ際は「EPA・DHAのみを抽出した精製フィッシュオイル」を使用している製品を選び、妊婦向けに設計されたものかどうかを確認してから購入することをおすすめします。かかりつけ医に確認するとより安心です。
また最新の研究では、妊娠中のオメガ3脂肪酸(DHAを含む)摂取量が低いと、生まれた子どもが幼少期に注意欠陥・多動性障害(ADHD)様の行動特性を示すリスクが統計的に高まることも示唆されています(2019年・英国バーミンガム大学の研究)。脳の発達への影響は深刻です。
妊娠中の食事の理想は分かっていても、つわりや疲れ・仕事・育児などで毎食完璧な食事を作るのは現実的に難しいこともあります。無理せず続けられる工夫が大切です。
厚生労働省・農林水産省が共同で作成した「妊産婦のための食事バランスガイド」では、主食(ご飯・パン・麺)・副菜(野菜・きのこ・海藻)・主菜(肉・魚・卵・大豆)・牛乳・乳製品・果物のバランスを整えることを基本としています。全部を1食でそろえる必要はなく、1日トータルで調整する考え方が実践的です。
つわりが強い時期は、食べられるものを少量ずつ・こまめに食べることが優先です。この時期は無理に完全な栄養バランスを維持しようとする必要はなく、まず脱水と極端なカロリー不足を防ぐことが最優先と産婦人科医は説明しています。つわりの時期は特別ルールです。
妊娠中期〜後期にかけては食欲が戻ることが多いため、この時期に意識的に栄養バランスを整えるのが現実的です。特に鉄分・カルシウム・DHAは食事だけで必要量を満たすのが難しいケースも多いため、産婦人科で処方される鉄剤や、市販の妊婦用マルチビタミンサプリメントを活用することも選択肢の一つです。ただし市販サプリを選ぶ際は、ビタミンA(レチノール)を含む総合ビタミン剤には注意が必要で、「葉酸専用」または「妊婦向け設計」と明記された商品を選ぶことが重要です。
食材の選び方で栄養効率を高めることも可能です。例えば鉄分の吸収率は動物性食品(ヘム鉄)が約15〜35%であるのに対し、植物性食品(非ヘム鉄)は約2〜8%と大きく異なります。小松菜やひじきから鉄分を摂る際は、ビタミンCを含む食品(ブロッコリー・トマト・柑橘類)と一緒に食べることで吸収率を高めることができます。組み合わせが条件です。
農林水産省「妊産婦のための食事バランスガイド」の詳細と活用法
妊娠中の体重増加を気にして、過度に食事制限をする妊婦が一定数います。しかしこれは赤ちゃんにとって深刻なリスクになり得ます。日本ではかつて「小さく産んで大きく育てる」という考え方が一部で広まりましたが、現在この考え方は完全に否定されています。意外ですね。
前述のDOHaD仮説が示すように、胎内で栄養不足を経験した赤ちゃんは「省エネ体質」に切り替わり、生まれた後に通常の食事をとると体内に脂肪を溜め込みやすくなります。その結果、低出生体重で生まれた子は正常体重の子に比べて、2型糖尿病の発症リスクが約2倍、高血圧のリスクが約1.5倍高いという研究データがあります(国立成育医療研究センター)。数字を見ると深刻です。
では、妊娠中にどれくらい体重を増やすのが適切でしょうか?
2021年に改訂された日本産科婦人科学会の「妊娠中の体重増加指導の目安」によると、妊娠前BMIが18.5未満の「低体重」の方は12〜15kgの増加が推奨されています。BMI 18.5〜25.0の「普通体重」の方は10〜13kgが目安です。BMI 25.0以上の「肥満」の方はかかりつけ医との相談が前提になりますが、少なくとも5kg以上の増加は必要とされています。
体重増加を過度に恐れて必要な食事を制限することは、赤ちゃんの発育を妨げるだけでなく、低体重で産まれた子どもの生涯の健康リスクにも影響します。適切な増加が原則です。
逆に糖質の過剰摂取や運動不足による急激な体重増加も、妊娠糖尿病のリスクを高めるため避けるべきです。甘いジュース・お菓子・白米の食べ過ぎには注意しつつ、野菜・たんぱく質・良質な脂質をバランスよく摂ることが体重管理と栄養確保の両立につながります。バランスが鍵です。
国立成育医療研究センター「妊娠中の体重管理と赤ちゃんの健康への影響」