固定種の種を1袋買えば、毎年タネ代ゼロで野菜を育て続けられます。
「有機種子」と「固定種」は、よく一緒に語られますが、実はまったく異なる概念です。この違いを混同したまま種を選ぶと、思った通りの家庭菜園ができないことがあります。
まず「有機種子」とは、育て方に関する概念です。農薬や化学肥料を使わずにオーガニックで栽培された植物から採取され、採取後の種子消毒も行っていない種のことを指します。さらに遺伝子組み換えを行っていないことも条件の一つです。国際的には IFOAM(国際有機農業運動連盟)の基準が参考にされており、日本では有機 JAS 規格でも「原則として有機栽培された種苗を使用すること」とされています。
つまり有機種子かどうかは「どうやって育てて採取したか」という話です。
一方「固定種」とは、品種の遺伝的な性質に関する概念です。親から子へと代々同じ形質(味・形・色など)が受け継がれていく種のことを指します。自家採種しても親とほぼ同じ野菜が育ちます。これに対して「F1種(一代交配種)」は、異なる2品種を人工交配して作られた雑種第一代で、発芽がそろいやすく育てやすい反面、その種を採って翌年撒いても親と同じ形質の野菜は育ちません。
| 種の区分 | 概念の軸 | 自家採種 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 有機種子 | 栽培・採取方法 | 品種による | 農薬・化学肥料不使用・消毒なし |
| 固定種 | 品種の遺伝特性 | ◎できる | 親と同じ形質が受け継がれる |
| F1種(交配種) | 品種の遺伝特性 | △意味が薄い | 生育均一・病気に強い・毎年購入が必要 |
整理すると「有機種子の固定種」「有機種子のF1種」という組み合わせが両方存在します。これが基本です。
市販の種袋の多くは農薬で消毒された状態で販売されており、有機栽培を前提に育てた野菜から採取されたものではありません。日本ではまだ種にまで意識を向ける人は少ないのが現状ですが、ヨーロッパなど海外では「有機栽培は種から」という考え方がすでに浸透しています。
有機種子に関する詳しい定義や認証の考え方については、以下のページが参考になります。
固定種・交配種(F1種)と自然農法交配種について|ナチュラルライフステーション
種の世界には「固定種」「F1種」だけでなく「在来種」という分類もあります。混同しやすいので整理しておきましょう。
在来種とは、京野菜や下仁田ネギ、練馬大根のように、特定の地域で長い年月をかけて受け継がれてきた品種のことです。その土地の気候・風土に深く適応しており、味や形に地域の個性が表れます。多くの在来種は固定種でもあります。丹波の黒豆や小豆などが代表例です。
固定種は在来種より広い概念で、在来種ではないが何世代も栽培され形質が安定した品種もすべて含まれます。オーガニック栽培との相性がよいのが特長の一つです。農薬や化学肥料がなかった時代から育てられてきた歴史があるため、自然環境に適応する力が高いからです。
F1種は「First Filial Generation(雑種第一代)」の略称で、特性の異なる2つの品種を交配して作られた種です。メンデルの優劣の法則を利用して、両親の優れた形質を一代目に集中させます。スーパーで売っている野菜のほとんどがF1種で、現在流通する種の約9割がこのタイプと言われています。
注意が必要なのは、F1種から採った種(F2世代以降)は遺伝的にバラバラになるため、翌年撒いても親と同じ野菜は育たないという点です。これはF1種の生物学的な特性であり、危険だから自家採種できないのではありません。
また、F1種が「危険」というイメージで語られることもありますが、それは必ずしも正確ではありません。F1種に使われる「雄性不稔」(花粉を作らない性質)は自然界にも存在する現象で、F1種だから危険というのは誤解です。F1種・固定種それぞれに役割があるというのが正確な認識です。
固定種と F1 種、どちらが優れているかという二択で考える必要はありません。それぞれの特性を理解して、自分の菜園スタイルに合った種を選ぶことが大切です。
固定種の大きなメリットは、自家採種によって翌年以降の種代をゼロにできる点です。家庭菜園をしている方にとっては、これがかなりの節約になります。
固定種を1袋購入して育て、収穫時にしっかり種を採取しておけば、翌年はその種を撒くだけです。1株のトマトから採れる種は数百粒になることもあり、一度に使い切れないほどの量が手に入ります。自家採種を続けることで、購入した種が何年分もの種代に換わる計算になります。
一方 F1 種は毎年種苗会社から購入し直す必要があります。もちろん F1 種で育てた野菜から種を採ることは禁止されているわけではありませんが、採って撒いても親と同じ品質の野菜が育たないため、実質的に毎年買い直すことになります。これがコスト面でのデメリットです。
もう一つ注目したいのが環境適応能力です。固定種は自家採種を3年ほど続けると、その土地の気候・土壌に合わせて少しずつ変化していきます。自分の庭や畑の環境にじっくりなじんでいくため、農薬なしでも育てやすくなる傾向があります。
有機種子の固定種は種代自体が少し割高なことも多いですが、長期的に見れば自家採種で元が取れます。家庭菜園を長く続けたい場合は、最初に有機種子の固定種を選ぶ方が結果的にコスパが高くなるケースが多いです。
固定種の自家採種に適した野菜としては、以下のものが比較的取り組みやすいとされています。
自家採種についての実践的な情報は、以下のページが参考になります。
種袋を手に取ったとき、それが固定種なのか F1 種なのかを見分ける方法があります。これを知っておくと、ホームセンターや種苗店でも自分に合った種を選べるようになります。
まず袋の表面をよく見てください。「交配」「一代交配」「F1」などの表記があればそれは F1 種です。一方「在来種」「育成」などの表記、もしくはそれらの記載がなければ固定種である可能性が高いです。
有機種子については、「有機栽培採種」「有機種子」「オーガニックシード」などの記載があるものが該当します。ただし国内では有機種子の流通量がまだ非常に少ないのが現状です。ホームセンターで売られている種のほとんどは、農薬で消毒された状態のものです。これは決して悪いことではありませんが、有機栽培にこだわりたい場合には意識すべき点です。
有機種子や固定種を意識して購入したい場合には、以下のようなルートが選択肢になります。
また、固定種の種は袋の中の粒数がF1種より少なかったり、サイズがバラバラだったりすることがあります。それは品質が悪いのではなく、固定種の自然な多様性の表れです。形がそろっていない=おいしくない、ではありません。
野口種苗の代表・野口勲氏は、「固定種の良さは自家採種できるという一点にある」と述べており、農家が自分の土地に合った野菜を育て続けるための基盤がここにあると説いています。固定種文化は戦前の日本では当然のものでしたが、昭和40年代以降のF1種の普及によって急速に失われていきました。
固定種・在来種・有機種子を扱うショップや文化的背景については、以下のサイトが詳しいです。
固定種や有機種子を選ぶ話をするとき、見落とされがちな視点があります。それは「種の自給率」という問題です。これは農家だけの話ではなく、家庭菜園をする家族にも直接関わります。
東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は、「野菜の自給率は8割というが、その種は9割が海外の圃場で種採りしたものだ」と指摘しています。国内で野菜は作られていても、その元になる種子のほとんどが海外に依存しているのが現実です。コロナ禍のような物流の混乱が起きれば、種が入らなくなる可能性も現実的にあります。
これは決してパニックになる話ではありません。ただ、固定種を選んで自家採種を続けることは、家庭レベルでの「食料の自立」に少しずつつながるという意味があります。自分の庭で育てた固定種から毎年種を採り続けることは、たとえ小さな菜園であっても食の安心感を高める行為です。
また、固定種は気候変動への適応能力が高いという特性もあります。F1種は均一な環境を前提に設計されていますが、固定種は世代を重ねるうちにその土地の気候に合わせて変化していきます。近年の気温上昇や不規則な天候に対しても、自家採種を続けた固定種の方が強くなる可能性があります。
家庭菜園に固定種や有機種子を取り入れることは、おいしい野菜を育てるだけでなく、種の多様性や食の自立をちょっとだけ身近に感じる入口になります。大げさに考える必要はありませんが、毎年同じ種を買い続けることに疑問を感じたなら、固定種の自家採種を試してみる価値は十分あります。
固定種を選ぶことと、食の安全・多様性を守ることの関係については、以下の記事も参考になります。
「F1種」は危険、はホント?種子の多様性を知ろう|SMART AGRI