とろみを「濃くすれば安全」と思っていると、誤嚥リスクが逆に上がります。
学会分類2021(とろみ)は、正式名称「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021」の一部として、2021年に改訂・公表されました。もともとは2013年版が先行して存在していましたが、新しい知見の蓄積や現場での活用実態をふまえ、より使いやすい形に整備されています。
この分類が作られた最大の目的は、病院・施設・在宅医療・福祉関係者が「共通の言葉」でとろみの程度を話し合えるようにすることです。それ以前は、施設ごとに「薄め」「普通」「強め」などと表現がバラバラで、転院や在宅移行のタイミングで対応が変わってしまう問題がありました。つまり、早見表はその統一基準を誰でも素早く参照できるように設計されたツールです。
とろみの分類は「段階1:薄いとろみ」「段階2:中間のとろみ」「段階3:濃いとろみ」の3段階です。それぞれ英語では Mildly thick・Moderately thick・Extremely thick と表現されており、国際的な基準との整合性も考慮されています。段階が基本です。
なお、2021年の改訂でとろみ早見表に新たに追加されたのが「シリンジ法による残留量」という測定項目です。これは10mlのシリンジ(注射筒)に液体を入れ、10秒間自然落下させた後にシリンジ内に残った量を見るもので、粘度計がない場面でも簡易的に確認できる方法として追加されました。これは使えそうです。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 嚥下調整食分類2021(公式全文・早見表PDF)
上記リンクでは学会分類2021の本文ととろみ早見表のPDFが公開されています。早見表と合わせて必ず本文も参照することが推奨されています。
早見表には、各段階の「見た目」「飲んだとき」「粘度の数値」「LST値」「シリンジ法残留量」の5項目が記載されています。それぞれを整理すると以下の通りです。
| 段階 | 名称 | 粘度(mPa・s) | LST値(mm) | シリンジ残留量(ml) |
|---|---|---|---|---|
| 段階1 | 薄いとろみ | 50〜150 | 36〜43 | 2.2〜7.0 |
| 段階2 | 中間のとろみ | 150〜300 | 32〜36 | 7.0〜9.5 |
| 段階3 | 濃いとろみ | 300〜500 | 30〜32 | 9.5〜10.0 |
粘度の数値だけ見ると「段階1〜段階3で最大10倍の差がある」ことがわかります。ハチミツの粘度が約2,000〜10,000 mPa・sほどであることと比較すると、濃いとろみでもハチミツよりはかなりサラサラした状態だとイメージできます。
見た目の確認方法も早見表に明記されており、家庭でも実践しやすくなっています。
- 段階1(薄いとろみ):スプーンを傾けるとすっと流れ落ちる。コップを傾けた後、うっすら跡が残る程度。ストローで楽に吸える。
- 段階2(中間のとろみ):スプーンを傾けるととろとろと流れる。コップを傾けた後、全体にコーティングしたように付着する。ストローで吸うのに抵抗がある。
- 段階3(濃いとろみ):スプーンを傾けても形状がある程度保たれ、流れにくい。フォークの歯の間から流れ出ない。スプーンで「食べる(eat)」感覚に近い。
「中間のとろみ」は、脳卒中後の嚥下障害などでまず試されることが多いとろみです。一方、「薄いとろみ」は嚥下障害が比較的軽度な方向け、「濃いとろみ」は重度の嚥下障害がある方向けとされています。これが原則です。
また、早見表には重要な注釈があります。この数値はキサンタンガム系のとろみ調整食品を使用し、均一な物性の液体を基準に測定されたものです。でん粉系・グアーガム系の製品や、みそ汁・スープのような「混ざりもの」が多い液体では、同じ量のとろみ剤を入れても粘度や性状が異なる場合があるため、注意が必要です。
ニュートリー株式会社|学会分類2021(とろみ)早見表と使用目安量一覧
各社とろみ剤の学会分類2021に基づく使用目安量を一覧で確認できます。家庭でのとろみ付けの参考量として活用できます。
「濃いほど安全」というのは大きな誤解です。とろみを濃くしすぎると、液体の粘着性が高まり、喉の内側(咽頭)に食塊が貼りついて残る「咽頭残留」が起きやすくなります。この残留物が食後しばらくして気管に流れ込むことで、むしろ誤嚥のリスクが高まるのです。
誤嚥性肺炎は、2020年の厚生労働省の調査で日本人の死因の第7位にランクインしています。在宅介護の現場でとろみ付けを担う家族にとって、この事実は見逃せません。適切な濃度でなければ、安全のためのとろみが逆効果になりかねないのです。厳しいところですね。
さらに、もう一つ見落としがちなリスクがあります。それが「脱水」です。
とろみをつけると水分のサラサラした喉越しが失われるため、「まずい・飲みたくない」と感じる方が増えます。水分摂取量が下がった結果、脱水状態になってしまうケースが実際に報告されています。高齢者にとって脱水は入院の原因にもなる危険な状態であり、誤嚥を防ぐために始めたとろみ付けが、別の健康被害を生む悪循環につながるおそれがあります。
学会分類2021の本文にも「とろみの程度が強いと、味が劣化して嫌がられたり、全体の摂取量が少なくなったりします」と明記されています。つまり、濃いとろみが一概に良いわけではありません。
もしとろみによる飲水量の低下が気になる場合は、同じ水分補給をゼリー状食品で代替する方法があります。水分ゼリーや経口補水液ゼリーなどは、とろみと同様に誤嚥リスクを低減しながら水分を摂れる選択肢として、医療・介護の現場でも活用されています。専門家(医師・管理栄養士・言語聴覚士)に相談した上で、どちらの方法が本人に合っているかを判断することが大切です。
メディケア|介護食のとろみのつけ過ぎは誤嚥の原因に?リハビリテーション科医が解説
リハビリテーション科医・新田実氏が、とろみ付けによる咽頭残留・脱水リスクについてわかりやすく解説しているページです。
実際の家庭では粘度計もLST測定板もありません。そこで活用できるのが、早見表に記載された「見た目(観察所見)」による判断方法です。スプーン1本あれば、家庭でも段階の目安を確認できます。
まず基本の確認手順は次の通りです。
1. とろみを付けた飲み物をスプーンに一杯すくう
2. スプーンをゆっくり傾けて、液体の流れ方を見る
3. カップを傾けてみて、カップ内壁への付着のしかたを見る
「スプーンを傾けるとすっと流れる」なら段階1(薄いとろみ)、「とろとろと流れる」なら段階2(中間のとろみ)、「形を保ってほとんど動かない」なら段階3(濃いとろみ)です。これだけ覚えておけばOKです。
また、とろみ剤を混ぜる際にも注意点があります。コップの中でスプーンをぐるぐる円状にかき混ぜると、液体の流れによって中心にとろみ剤が集まり「ダマ」ができやすくなります。これは流体力学の「ティーカップ問題」として知られている現象です。対策は、円状にかき混ぜた後に、スプーンを前後に動かして中心部を分散させることです。ミニ泡だて器を使うとさらに均一に溶けやすくなります。
入れる順番にも工夫があります。飲み物を入れてからとろみ剤を入れるのではなく、先にとろみ剤をコップに入れ、後から液体を注いで混ぜる方法が均一に混ざりやすいとされています。液体を注ぐことで対流が発生し、まんべんなく混ざるからです。
食品の種類によってとろみがつくスピードは異なります。お水やお茶はすぐにとろみがつきますが、みそ汁やスープなど「混ざりもの」が多いものは時間がかかります。混ぜた直後にゆるくても10分ほど待ってから再確認し、必要に応じて調整することが大切です。「まだ薄いから」とその場でとろみ剤を追加してしまうと、後から過剰に濃くなる危険性があります。これに注意すれば大丈夫です。
みんなの介護|とろみ剤の危険性とは?脱水や誤嚥に繋がるデメリットや正しい使い方
とろみ付けの具体的なコツと、とろみ剤の危険性・デメリットをリハビリテーション科医が詳しく解説しています。
市販のとろみ剤は大きく3世代に分かれています。「でん粉系」「グアーガム系」「キサンタンガム系」です。学会分類2021(とろみ)早見表の粘度測定値は、キサンタンガム系を基準に設定されています。意外ですね。
この違いを知らずに、でん粉系やグアーガム系の製品を使って早見表の数値通りに作ろうとしても、同じ粘度にならないケースがあります。現在、医療・介護の現場で最も多く使われているのはキサンタンガム系です。透明感があって味やにおいへの影響が少なく、時間が経っても粘度が安定しているためです。
また、同じキサンタンガム系でも、各メーカーによって100ml当たりの使用量が異なります。学会分類2021に基づく「使用目安量一覧」がメーカーや医療機関のサイトで公開されていますので、購入した製品の目安量を必ず確認することが第一歩です。
一般家庭では見落とされがちな独自チェックポイントを一つ紹介します。それは「温度の影響」です。とろみ剤の多くは、液体が冷えていると粘度が上がり、温かいと粘度が下がる特性があります。温かいみそ汁にとろみをつけても、テーブルまで運ぶ間に冷めてとろみが強くなりすぎることがあります。提供直前に濃度を再確認する習慣をつけておくと安心です。
また、酸性度の高いオレンジジュースや梅ジュースなどは、とろみがつきにくい場合があります。酸の影響でとろみ剤の働きが弱まるためです。このような飲料には、通常よりやや多めのとろみ剤が必要になることがありますが、量の加減は慎重に行い、少量ずつ追加しながら様子を見るようにしてください。
とろみの濃度は個人の嚥下機能によって適切な段階が異なります。家族の判断だけでなく、担当の医師や言語聴覚士、管理栄養士といった専門家に一度相談した上で、どの段階のとろみが適切かを確認することが健康リスクを回避する最善策です。専門家への相談が条件です。
ビースタイル|とろみ剤(とろみ調整食品)の選び方 世代別の特徴と比較
でん粉系・グアーガム系・キサンタンガム系の各世代のとろみ剤の特徴と使い分けが整理されています。製品選びの参考になります。